2024年04月


岩本本=『党はどこへ行ったのか』関連で紹介しておきます。関西派の『未来』から。
【ブログ補足】ついでに堅実全面発展論文の見出しだけを別に紹介します。これも『未来』から。
 革命闘争と革命党の事業の堅実で全面的な発展のために
 
 本論文は、一九七三年八月『前進』に発表された。革命的情勢への過渡期の成熟に備え、革命党の三つの義務をうちだし、二重対峙・対カクマル戦の革命的対峙段階戦取の展望をあきらかにした画期的な論文である。
 
 

一 革命闘争と革命党の事業の堅実で全面的な発展のために…
タイトルからして、いかにも清水丈夫氏が大嫌いな表現にも思えます。

 革命闘争と革命党の事業の堅実で全面的な発展のために
 
 本論文は、一九七三年八月『前進』に発表された。革命的情勢への過渡期の成熟に備え、革命党の三つの義務をうちだし、二重対峙・対カクマル戦の革命的対峙段階戦取の展望をあきらかにした画期的な論文である。
 
 
 第一章 あらゆる面にわたる革命闘争と革命党のたたかいの堅実な前進
 ((A)早稲田解放闘争の全人民的な発展 (B)沖縄におけるたたかいの前進と定着化 (C)労働戦線における逆拠点化のたたかい (D)政治闘争と経済闘争での戦略的な前進 (E)あらゆる面での党建設の堅実な発展)

 第二章 戦後世界体制の解体的危機と革命的情勢への過渡期の成熟
 第一節 戦後世界体制の崩壊的危機のふかまりと世界革命の現実性((A)戦後世界体制の特質 (B)戦後世界体制の崩壊的危機のいっそうのふかまり (C)反帝・反スタ世界革命の現実性)/第二節 日帝の統治形態の反動的転換の攻撃と大衆の政治的活性化((A)日帝のアジア侵略と侵略体制の攻撃の全面的激化 (B)小選挙区制とあらゆる面での反動攻勢 (C)七〇年代階級闘争の革命的、内乱的発展)/第三節 革命的情勢への過渡期の成熟とそれに応じた党の三つの義務 ((A)レーニンの革命的情勢の規定の問題 (B)革命的情勢に応じた革命党の三つの義務の問題 (C)七〇年代中期の高揚と爆発の展望とわれわれの任務)

 第三章 革命の本格的な準備、二重対峙・戦略的前進・党建設のたたかいの一体的な推進
 第一節 基本戦略――総路線の物質化のたたかい((A)反帝国 主義・反スターリン主義の基本戦略のために (B)七〇年代革命の総路線の現実的な勝利 (C)基本戦略――戦略的総路線についての指導上の問題)/第二節 二重対峙・戦略的前進・党建設のたたかいの一体的な推進((A)二重対峙・対カクマル戦の革命的対峙段階の戦取 (b)基本戦略――戦略的総路線の物質化めざす戦略的前進 (c)革命的情勢に応じた党の独自の建設 (D)当面する秋のたたかいの圧倒的勝利めざして前進しよう)
 

ついでにその全体像も
本多延嘉著作選全七巻総目次
(2009/10/01)
 
第一巻目次
 
 (『前進』600号、601号、1972年9月11日、18日、大幅加筆『共産主義者』24号、1973年1月)
 
Ⅱ 革共同全国委員会に結集せよ
 
Ⅲ 三全総の旗のもとに
 
Ⅳ 中国文化大革命批判
 
Ⅴ 10・8羽田闘争から七〇年代激動へ
 
 
第二巻目次
 
Ⅰ 戦争と革命の基本問題
 
Ⅱ カクマル反革命打倒 反ファッショ解放戦争勝利へ
 
Ⅲ 中間主義党派批判
 
Ⅳ 天皇制・天皇制イデオロギー粉砕
 
 
 
第三巻目次
 
Ⅰ 戦略的総反攻を宣言する
  1 1・24精神を爆発させ、あらたな報復戦に決起せよ(『革共同通信』7号1974年3月4日)
  2 3・22狭山闘争の大爆発かちとり、春期大攻勢に総決起せよ(『革共同通信』9号1974年3月18日)
  3 赤色テロルの嵐で春期大攻勢の本格的激化かちとれ(『革共同通信』13号1974年4月15日)
  4 反革命虐殺者に血の復讐を(『革共同通信』18号1974年5月20日)
  5 報復戦のあらたな高揚へ(『革共同通信』22号1974年6月17日)
  6 カクマル印刷所ホヲトクついに崩壊(『革共同通信』28号1974年7月29日)
  7 機関紙戦争の完全勝利を突破口に反革命中枢機関を解体せよ(『革共同通信』41号1974年10月28日)
  1 『武装』の発刊にあたって(『武装』創刊号1974年2月5日)
  2 前進社第二ビルの革命的開設に際しての革共同政治局の訴え(『革共同通信』33号1974年9月2日)
  1 吉川文書にみるカクマルの惨状(細川耕一の筆名にて(1)『革共同通信』8号1974年3月2日(2)同10号 3月25日 (3)同12号 4月8日 (4)同15号 4月29日 (5)同18号 5月20日 (6)同21号 6月10日)
  2 「松井文書」にあばかれた反革命カクマルの腐敗(『革共同通信』42号1974年11月4日)
 
Ⅱ 狭山闘争の歴史的な勝利のために
 
Ⅲ 中ソ論争と現代革命の展望
 
Ⅳ 紀元節複活と日本帝国主義の危機
 
Ⅴ 書評
 
 
 
第四巻目次
 
Ⅰ 戦略的総反攻―その勝利の展望
 
Ⅱ 安保闘争論
 
Ⅲ 東欧におけるスターリン主義の没落
 
 
 
第五巻目次
 
I 勝利の武装進撃を
 
Ⅱ 革命的共産主義運動の理論と歴史(第一篇)
 
Ⅲ 革命的共産主義運動の理論と歴史(第二篇)
 
Ⅳ 日本共産党批判
 
Ⅴ 国際論評
 
 
 
第六巻目次
 
Ⅰ 戦争理論の深化のために
 
Ⅱ 反帝・反スターリン主義世界革命戦略
 
Ⅲ 第三回大会への同盟の歩み 
 
Ⅳ 六七・十・八羽田闘争へ――党建設と諸闘争
 
Ⅴ 大学闘争論
 
 
 
第七巻目次
 
Ⅰ 七〇年代・革命の時代
 
Ⅱ レーニン主義党組織論
 
Ⅲ 現代革命と史的唯物論の再建
 
Ⅳ 安保体制にかんする覚え書
 
Ⅴ 十・八羽田から六八年新宿騒乱へ
 
Ⅵ 破防法裁判闘争
 
 

【白土メモ】
①在日韓国・朝鮮人と在日中国人の法的・社会的地位を同一に表現しているが、不正確だ。
 「戦勝国民」と「敗戦国民」と「第3国人」という国際法的な概念は欠かせない。これは故石原慎太郎が悪意に満ちてまき散らした言葉でもあり、「必須の知識」でもある。
 ひとまず 台湾人日本兵 - Wikipedia
      林歳徳 - 検索 (bing.com) ★⇦【ブログ補足】
②イデオロギーや思想の次元での自己批判の論理
 このレベルでは、『党はどこへ行ったのか』と直近の『前進』論文は、ほぼ同様な視点に立っている。関西派の入管論の総括論文も、長大であるがほぼ似たような感じがする。

③「求められていたのは地域的・持久的・陣地戦的な闘いの方針…」こそもう一つの核心だ。当ブログで繰り返しこだわってきた「第2の7・7自己批判」と「地域入管闘」の問題だ。『党はどこへ行ったのか』という活字化された著書の中で表現されたことはことさら大きいと思う。中央派・清水氏はけして語ろうとしない領域だ。私はこれこそが「血債の思想」に関わる分岐点・分水嶺だと思ってきた。

④突破口に、諸戦線が構築(略)いわば中核派の世界観の転換=「コペ転」の起点と言える。

⑤さて、そうであればあるほど『党はどこへ行ったのか』への絶望的批判は深い。
 清水氏が「…階級的倫理性の問題ですらある。…」とまで言いながら、90年代も相も変わらず地域入管闘という実践的・「陣地戦」的課題の解消・凍結を変えることなく過ごしたこと、このことへの片言隻句の批判すらない。これではせっかくのも意味をなさない。

 とは言え、本『党はどこへ行ったのか』の中やその他で、本多延嘉氏の、幻の『党の堅実で全面的発展』論文の再評価・高い評価を論じている場面もあるので、それに任せて「端折った」と言われるのかとも思えない訳ではない。これもまた、「分量」の問題???とは言え…

⑥この辺について、いくつかの声を紹介してきたい。
 元入管闘「元台湾人日本兵の支援を続けて来たけど、大事なことは生活、仕事の斡旋だったんだよな。法政の守衛を繋いでみて初めて分かった」
 韓国人女性と結婚した元同志「白土よ、お前の書いた”地域入管闘”の”世話役”の話はホントだよ」「神奈川の入管担当の六月もよく勉強しているけど、今回はぜんぜん使い物にならなかった」「結局は俺自身で調べて、俺自身で出向いて、やっとのことでたどり着いた」「途中で挫折しかかった」
 元神奈川 「90年代に関東地方委員会(KC)で、激しい”労働運動論争”があった。こちらは「現場を踏まえて、現場からの声を引き出して」にこだわった。対するは地方委員長の木崎ほかだった。「いわばこちらが『労働運動派』、木崎らが『血債主義派』みたいに言われた」。「だいぶ後で中野路線」が力を持つと、木崎も一変して労働運動派=動労千葉特化路線に豹変した。立場がなんか入れ違ってしまった。けども、全体を通して変わらなかったのは、「上からの」「天下り」の路線か「現場重視」かだったんだよね。

韓国スミダに対する支援への制動
 90年代、日本でも電機労働者の女性たちを先頭に、多くの労働者・労組が支援・連帯に立ち上がった。
 この時、入管闘を仕切っていた「高山」の通達が衝撃を生んだ。
 事実上政治局からの指導として「メンバーが運動に関与する時はそのつど詳しい報告書を提出しろ。
 上からの許可なしに韓国人労働者との接触をするな」という「指導」だったという。
 指導的メンバーから話を聞いた時は耳を疑った。理由や口実はいろいろある。当時の韓国の政治情勢、中核派の公安との「死闘」…。いずれにせよ、中核派のメンバーは、韓国労働者とも在日とも連帯・接触するな、と。⇓ 民主労総との連帯運動を詠う昨今、変われば変わったものだ。昔日の感。

 韓国の労働者と日本の連帯者の人生を変えた闘争 : 文 …

ウェブ2022年8月6日 · //ハンギョレ新聞社. 1989年、日本のスミダ電機の子会社は韓国の工場に1枚のファックスを送り、450人の解雇を通知する。 これに怒ったチョン・ヒョンスク、パク・ソンヒ、チョン・スンレ、キム・スンミの4人の労組幹部は、8カ月にわたる日本のスミダ本社前での …

【まとめ】


【まとめ】幾多の「血債論」の存在とその変貌
 ひとまずのまとめとして、今日「血債の思想」を語る人たちにもいくつかの決定的違い・対立を含んだスタンスがあると言うことがわかると思います。


【ブログ補足】……… ……… ………

①関連部分です 当ブログから。技術上の都合で一貫した表現になっていませんが。……… ……… ………

 新年号論文①「血債論」のリサイクル 【改定】  ...

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