自決とは何か?

いま、政治制度ですら、「沖縄・北海道開発庁」がある。社共ともに、副委員長に沖縄が座る。この点、中核派はあまりに異常だ。
70年代初期の中核派は、こうした諸課題に、まがりなりにも答える姿勢はあった。その原点にもう1度帰ろう。「自決」を欠いた「奪還論」は、果して有効だったのだろうか?今も?
 
私は思う。沖縄の「自決」とは、政治的には高度な自治か、独立→連邦だ。独立・沖縄との相互の「完全な内国民待遇」を考えても、少しもおかしくない。財政援助も同じだ。在本土の沖縄出身者も百万に達しそうだ。「特殊な自治」も考えておこう。
自決とは何か?この点をあいまいにする所から、中核派の腐敗が始まったのではないか、これがターニングポイントだったのではないか、という私の思いは強まる。
 
忘れてはいけないのは、日本全体での全般的な自治・自決の創出だ。「1極集中」の矛盾をどうするか。地方の活性化の為の、様々な工夫を見直そう。それと一体の、沖縄の特殊でより高度な自決だ。自決を通した融合、を構想したい。
この制度の確立も、「革命的激動」なしには考えられない。いくつもの激動の遺産として、「自立」が確立されていくのではないか。EUの統合も進んでいる。「国家・国民」の在り方も、実に多様だ。「エスニック」の概念も広く確立されつつある。
 
あまりにも当然と思えるこの「自治・自決」論が、何故、語れないのだろうか?問題は、中核派の「国家論」にありそうだ。単に情勢認識だけではない。中核派には、「一層の中央集権化」こそ、社会主義国家の鍵だとする暗黙の確認がある。「1国1党原則」もある。極度に集権化した党の窓から見る時、「自決」や自治などは、俗物のたわ言でしかなくなっていく。中核派の理論の底流に、沖縄の日本への同化論が感じられるのは、私だけだろうか。「関西の文化」にすら無関心な人々が、沖縄の「民族性」を果たして許容できるだろうか?
マルクスもレーニンも、中央集権国家論者ではある。さらに、ともにエスニックの同化論だ。けれど、マルクスの時代のドイツは、領封分立だ。今日の日本の、極端な集権に対しての弁ではない。
 自決を「離婚」になぞらえたレーニン。共産党という保護者の承認があれば、「離婚の自由」もある。身1つで、時に多少の手切れ金で出て行ける、という事だったろうか?家庭内離婚も財産分与も無かった。それでも「離婚の自由」論が画期的だった時代だ。