私の結論はひとまず以下の通りだ。
①仮釈方針自体には大いに賛成だ。むしろ遅すぎる。
②しかし今の中核派(中央派または中央)には、真剣にそれを実現しようする姿が感じられない。先ずは、「仮釈」への踏み込みの事実をもっとあけすけに語ってほしい。大胆な踏込と転換が無い限り、「解放」(再審・仮釈)への門は針の孔のように狭いのだから。(その中身は後日)
③星野・奥深山・大坂の各氏を、「栄光の中核派」の偶像に祀り上げながら、実際には放置し食い物にするだけ、という評価もある。「渋谷暴動闘争」とはどんなものだったのかをリアルに再現することは不可欠だ。
④荒川さんのスパイ規定は亡き奥深山さんにとっても星野さんにとっても、「生き死に」に結びつく大事件だ。また奥深山さんの逝去も、あまりにも大きい。それぞれを「主語」として問い直しつつ、今後の論述を進めたい。
⑤荒川さんと高経大・群馬の存在と位置は本来、ご家族・親族や沖縄=「70年」と並ぶ核心の一つ。「党」や「中央」から自立した自己決定権を持つ、開かれた新たな星野運動への飛躍を期待したい。いろんな議論は、「今の中核派」の実情と実勢と社会の変化を避けては、進まない。「原理・原則」もトンチンカンな前提批判なしには成り立たない。私はそう思う。

【追】議論の伏線のためにも関連する事象をまとめたい。そう思ううちに時が過ぎてしまった。とりあえず駆け足で諸問題をタイトルだけでもアップしたことを前提に先に進みたい。ま、「行きつ戻りつ」だ。ただ、時間も限られている。