カテゴリ:☆☆続『狂おしく悩ましく』 > 最近の動向

だいぶ遅れましたが『試練』から転載します。
 【管理者のコメント】があまりに「水谷節」でかつ長いので、「謝罪文」本体を前に出し、また、解説は取捨選択します。


【以下引用】

2019-10-31 09:29:30 | 日本の新左翼運動と共産主義運動をめぐって


資料:天田三紀夫革共同書記長の「謝罪」文

▲革共同政治集会で基調報告する天田三紀夫氏(2007年7月29日、関西)

……… ……… ………以下、「謝罪文」全文……… ……… ……… 
                       6月11日 熊沢

 KOW同志から報告を受けた時とびあがらなかった自分、さらにコピーの遅れに気がつかなかった自分に、ものすごい危機感をもっています。

 申しわけありませんでした。

 人間的尊厳をかけて決起した〇〇同志に対して心から謝罪します。

 塗炭の苦しみから決起した女性同志に心から謝ります。

 この壁をどう突破していくのか。

 〇〇同志の決起に連帯して闘います。

 労働者階級の現実とともに進むことであると考えます。

 新自由攻撃に対して決起した女性・わかもの共に進むことです。このことをはっきりさせます。

 マルクス主義の研鑽につとめます。

 政治局の組織問題の解決のために全力をあげます。

                      以上あらためて謝罪します。


………【ブログ注】 以上全文。以下は『試練』による註

熊沢=天田三紀夫氏の組織名。

註2:KOW=小岩の略で、鎌田雅志氏の組織名

註3:「報告を受けた時」=女性差別被害を受けて深く傷ついたPさんは、その直後、担当政治局員・鎌田氏に許しがたい差別犯罪を直訴・告発した。その訴えを聞いて、衝撃を受けた鎌田氏は、ただちに黒川(木崎)氏に報告し、「重大な問題である。組織問題にしなければならない」と強調した。Pさんの告発内容を詳しいレポートにして、天田氏と黒川氏に提出した。その鎌田氏にたいして、黒川氏は「山梨は責任をとらせるほどの重要な指導部ではない。処分する必要はない」「たいした問題ではない」と高飛車に逆オルグした。さらに「Pさんが何か変な動きをしないか、監視せよ。逐一報告せよ」と命じたのだった。鎌田氏はすぐさま黒川氏の指示に従った。以後、彼はPさんに監視のプレッシャーを加え続け、告発封殺の直接の先兵となった。

註4「コピーの遅れ」=鎌田レポートを受け取った天田氏は、それをコピーせず、どこにも回さず、隠匿した。それから5年後の今回の追及にたいしても、鎌田レポートを明らかにしていない。つまり、「コピーの遅れに気がつかなかった」というのはまったくの嘘であって、意識的・組織的にPさんへの女性差別犯罪を隠蔽、山梨を擁護、Pさんを弾圧してきたのだった。

註5:「謝罪」=熊沢文書は無題である。なぜなのか。題目に「謝罪」「自己批判」という文言を記すことを意図的に拒否しているとみてよい。実際、本文に「謝罪」ということばはあるが、「とびあがらなかった」「コピーしなかった」ということを謝っているわけで、それしか書いていない。なぜとびあがらなかったのか、なぜコピーしなかったのか、その理由、その思想的根拠を真摯に自己切開するのでなければ、謝罪になるわけがない。「とびあがらなかった」とは何という言い草であるのか。そもそも政治家あるいは組織人が書くような文章ではない。これでは謝罪にはならない。それ以下の文章も、すべて責任逃れに終始している。「マルクス主義の研鑽につとめます」とは、けだし名文句である。マルクス主義の学習が何一つ身につかなかったダラ幹、権力欲のみで生きてきた天田氏の正直な心情吐露であろう。それにしても、あまりにも低水準な、あまりにも軽く、あまりにも拙劣な、およそ一政治組織の書記長たる者が書いた文章とは思えないものである。いや、むしろ、このような書記長を戴いてきた革共同中央派の、これがありのままの思想状況なのである。なお、天田氏はその後、心身ともに組織関係、人間関係に対応しえなくなり、人間崩壊的状態であるとされている。真偽のほどは検証されなければならない。なぜなら、それを理由に、党員の追及から逃れるという、‘天田隠し’がされているからである。

註6:「7月テーゼ」=07年7月、非公然政治局会議に清水議案が提出され、それを天田氏が「これで整理がついた」とした。天田氏に認められることではじめて清水議案が7月テーゼ原文とされた。その清水議案を『前進』用に編集・執筆した中心が坂本千秋氏(当時、副編集長、26全総で政治局員に再任、編集長)である。清水氏はもとより、坂本氏も革共同における7・7自己批判の思想、路線を「7月テーゼ」をもって否定・追放し、自ら排外主義・差別主義集団と化した直接の責任を負っている。


【ブログ注】色んな問題の理解の差はそれとして、事実関係もいくつか具体的なところで違うという話も多い。

……… ……… ……………… ……… ………
【管理者のコメント】 (【ブログ注】…『試練』。冒頭の部分に当たる)


 2019年3月から8月にかけて、革共同(中央派)政治局にたいする党内の批判・追及が燃えあがりました。その動力となったのは、2014年に中央WOBの一員である山梨(神奈川県委員会湘南支部)によって許しがたい暴力的な女性差別を加えられ、しかもその告発を政治局に握りつぶされ、言語に絶する苦しみを強制されてきた前進社本部α部局のPさんの党員としての命がけの決断による渾身の告発でした(2019年3月)。Pさんと連帯する同部局の女性同志たちは、ともに、真正面から政治局と対決したのです。

 それが党本部の全部局に伝わり、強い共感と連帯が生み出されました。政治局とりわけ3人組と呼ばれる書記長の天田三紀夫氏、天田(黒川)純子(=木崎)氏、河村剛(=坂木)氏という政治局員、そしてα部局担当の鎌田雅志氏ら4人の政治局員が一斉に批判され、追及を受けるところとなったのでした。そしてついに、彼らは党本部の党員たちによって政治局員を解任され、自らも辞任を表明しました。

 そのなかで、Pさんへの女性差別犯罪のすべてを承知し、それに加担した天田書記長が、当然にももっとも重大な組織責任を問われました。しかし、天田氏は右往左往するばかりで、問題を見すえることもできず、何をどう謝罪し、何をどう自己切開し、どう自己批判すべきなのかも、わからないありさまだったそうです。

 詳しいことはわかりませんが、天田氏が提出した文章は、現在までただ一つだといわれています。

 その後、革共同第26回全国委員会総会が開かれましたが、そこでは前記4人の政治局員の解任、処分の決定はされていません。指導部の交代といった形がとられています。

 その26全総の後も、天田氏の謝罪・自己批判文は出されていないようです。むしろ、新政治局は天田氏らへの追及を強制終了させているようです。

 26全総決定では、「政治局の中枢指導部がかかわった重大な女性差別事件」「その開き直り、隠蔽」「党中央における思想的腐敗」と記しながら、その問題について何の政治的・思想的切開もしていません。何の責任追及も、一人の処分もしていません。驚くべきことです。

 革共同の歴史上もかつてありえなかった、‘政治局炎上’となった事態であるにもかかわらず、それがなかったかのように党史の偽造が始まっているのではないでしょうか。………以下略

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https://blog.goo.ne.jp/shiren-shinsayoku/e/8b4b5c2118d3388bb2265d99184a4c9a

いろいろありましたが、結論は変わりません。

以下いくつか追加しました。

  • 2. O'Hanlon
  • 2020年11月28日 02:41
  • >「85年世代かそれ以降、遅くても90年代半ばに中核派に結集したか強いシンパシーを持った人」「06年3・14当時はまだ『現役』かその周辺」で「関西派に一定の接点があったが中央派を選んだ」「学生または学生運動出身(高校生運動を含む)」…です。

    ちょっと懐かしくなったので思い出を書きます。
    私は「中核派に結集したか強いシンパシーを持った」ことはありません。しかし、「共産主義者」は中学生のころから読んでいました。書店で中核派「共産主義者」・革マル派「共産主義者」・日共「前衛」などを購入して読んでいたのです。しかし「前進」「解放」「赤旗」などは書店になかったので読んでいなかったのです。初めて「前進」を読んだのはいつか覚えていませんがだいぶあとだと思います。
    中高一貫校の生徒でしたが、東京教育大学卒で学生時代は筑波大学法案反対闘争や沖縄「返還」協定反対闘争のまっただなかにいた先生がおり、その先生に「共産主義者」の内容などについて質問していたことを思い出します。学校の勉強の質問ではなくそんな質問に答える先生がいたのは相当自由な学校だったのでしょう。


  結論として、O’Hanlonさんとの「対話」はそろそろ打ち切ろうと思います。

 私たちも悩みながら、彼の提起に応えるために新しくいろいろと議論を重ねてきましたが、この辺が潮時と思います。

 ただ、その前に、 O’Hanlonさんに問いかけたいことがいくつあります。

 「対話の前提」

  白土さんとしては、当初の「問題提起」に充分応えてきたと思えるが、 O'Hanlonさんは「対話」に応じていない。より「研ぎ澄ました」議論に突き進むだけだ。
 当初の「オール沖縄」への断罪は中核派(中央派)に拠っていた。そして辺野古現地の声と那覇市職労の問題を代表的に挙げていた。しかし当ブログが後の二つの当事者の声を改めて挙げたところで、反論も事実や意見の訂正も補充もなかった。
 また、中央派の主張と行動を時系列で整理して、度し難いほどの敵対と動揺と彷徨ぶりが露わになると、中核派は「奪還論」であり、「左翼帝国主義」だとか「体制内勢力だ」とかの議論にすり替えた。ならば中央派によりかかって議論を始めたことを取り消してほしい。

  「体制内」だとかの言葉も、ここでは意味不明だね。私たちは「体制の中」で生きている。闘いもまた「まずは体制内での格闘・葛藤」だ。「体制内勢力」だからいっさい評価や提携の対象外だというような議論の立て方は、あらかじめ現実の生活や運動からの逃避でしかないと感じる。
 「無垢で無謬」を求めて、「選ばれた民や全てを睥睨(へいげい)する神」になろうとしているように思える。「スターリン主義批判」とは、ここから始めることじゃないかと改めて思う。「失敗したっていいじゃないか」「失敗を肥やしにして成長すればいい」…しかないね。

  「失敗」は何であれ、自他それぞれに「一生もん」だけどね。

  「奪還論」否定もここでは唐突だ。いまの中央派はもはやそんな言葉も忘れたように見える。「解放革命」や「革命軍」議論も話を深めるものではない。もちろんそれらも大事な議論になるけれど、いまは「構造的差別」論を深めることのほうが大事に思う。「ていねいな対話」が欲しい。
 
   「プロファイリング」を前提に応えようとした。「あなたの立脚点はどこですか?」とも。
 けれどむしろ、 O'Hanlonさんを「追い詰めてしまっている」という感もある。

 白土 「思い」や「揺れ」を伝えて欲しい、と繰り返したはずだけど、伝わらない。数年前の前回の時にも言ったのだけれど、「思う存分表現し語りつくすために自分のブログを作って。そして時々当ブログに『読んでね』と伝えて来て欲しい。
 
最後にいくつかの要請

 白土  O'Hanlonさん、さしあたって、二つに応えてください。
 ①桜さんのいう「訂正・取消」について。「コメント」をください。
 ②最初は「荒川スパイ事件」から始まったのだけれど、私が荒川さんに「会った」と答えた時点で、話が飛んでしまった。この件の「まとめ」を本人の「肉声」でまとめて欲しい。で、それからしばらくは「お休み」に…

O'Hanlonさんとの応答でお願いします。

 ブログとしてはこの際、『狂おしく悩ましく』での記事をまとめ、「中核派と沖縄」の略史を簡単にまとめたいとお思います。

 O’Hanlonさんのコメント②……… ……… ………


    • 1. O'Hanlon
    • 2020年10月24日 03:26
    • ちょっと驚きました。
      私の立場をまとめて展開しておらず、とぎれとぎれに書き込んだために誤解が生じたのだと思います。

      >①桜さんのいう「訂正・取消」について。「コメント」をください。

      私の立場が大きく誤解されています。

      >当初の「オール沖縄」への断罪は中核派(中央派)に拠っていた。

      そんなつもりは少しもありません。私は私自身で翁長の著書『戦う民意』を読み、翁長が知事になった目的(反基地闘争の破壊)を理解しました。翁長はそれをことさらに隠そうともしなかったのに、翁長を支持した自称左翼の腐敗ぶりには驚くばかりです。
      私の主な情報源は㋺K・サトル(元「赤旗」記者)のブログ「アリの一言」、それに奄美出身で沖縄本島の中学・高校を卒業して日本(「本土」)の大学に進んだ在日琉球人からの情報です。
      https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/d13268e7347d1fd3c8125012537fa5ba

      >そして辺野古現地の声と那覇市職労の問題を代表的に挙げていた。しかし当ブログが後の二つの当事者の声を改めて挙げたところで、反論も事実や意見の訂正も補充もなかった。

      特に私に向けられたものとは思いませんでした㋑ー2ので、コメントしませんでした。そのうえであえて言うならば、東村高江の反基地運動弾圧のために警視庁機動隊・大阪府警機動隊(「土人」「シナ人」発言でその本性を現した)の派遣要請をしたのは沖縄県公安委員会であり、翁長は知事として公安委員の任免権があるのだから、反基地運動を弾圧しているのは翁長だったのだと正しく認識してほしかったです。辺野古においても知事は公安委員を罷免して弾圧を許さない公安委員を任命することができたのにそれをしなかったのだから、反基地運動を弾圧しているのは翁長だったのです。
    •  0
    • 2. O'Hanlon
    • 2020年10月24日 03:27
    • 那覇市職労の「オール沖縄」支持は論外㋥㋭です。しかし繰り返しますが、「オール沖縄」支持勢力と「決別」するのではなく、なぜ「オール沖縄」に反対しなければならないかを説き、「オール沖縄」から引きはがす㋣ことが必要だったのです。

      米日帝の不法な占領支配のもとでは選挙に参加しないーーこの原則的立場が求められています。【ブログ注】

      >また、中央派の主張と行動を時系列で整理して、度し難いほどの敵対と動揺と彷徨ぶりが露わになると、中核派は「奪還論」であり、「左翼帝国主義」だとか「体制内勢力だ」とかの議論にすり替えた。ならば中央派によりかかって議論を始めたことを取り消してほしい。

      すみません。「すり替えた」つもりは少しもありませ。私はそもそも「中央派によりかかって議論を始めた」つもりはないので、「中央派の…度し難いほどの敵対と動揺と彷徨ぶり」について私がコメントを求められているとも思いませんでした。
      そのうえでコメントするなら、「中央派の…度し難いほどの敵対と動揺と彷徨ぶり」があったとしても、「オール沖縄」支持への右転落ほどひどいものではないと思います。

      中央派(清水議長派)は、広島差別事件でも破産した勢力ですが、それ以前にも2001年参院選で比例の大田昌秀元知事(社民党)・東京の新垣重雄(沖縄社会大衆党)を支持するなど混乱を極めていました。琉球は日本ではないから日本の選挙には参加しないーーという原則的立場が必要です。

      「荒川スパイ事件」についてですが、私には断定的なことは何もいえません。しかし、間違いなく本人が出した(とおっしゃった)パンフが出ても清水議長派が沈黙しているのは、

      「スパイ」との断定に根拠がない
      「スパイ」との断定に根拠はあるが、明らかにすることができない

      のどちらかでしょう。そして普通に考えれば前者でしょう

      【ブログ注】この項は、[荒川S事件]に転載します。
    •  
       0
    • 3. O'Hanlon
    • 2020年10月31日 12:36
    • この記事を読んで、「オール沖縄」がいかに論外かを再認識してください。

      グアムはかつて日帝の、現在は米帝の不法占拠を受けている軍事植民地です。グアムはチャモロ族の土地です。チャモロ族は日帝に虐殺され、さらに米帝によって「銃剣とブルドーザー」で土地を奪われて米帝の軍事植民地にしたのです。それなのに玉城「知事」は、琉球人とチャモロ族が連帯して米帝と戦うのではなく、「グアム移転」を支持しているのです。
      「グアム移転」を支持する者、そして玉城「知事」を支持する者はいっさい琉球の基地問題について発言する資格はありません。㋾

      「同じ立場だと思っていたのに…」グアムから見た沖縄 デニー知事の姿勢が波紋https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/472041

      「沖縄県知事は、米海兵隊のグアム移転を支持しているのか」と不快感をあらわにした。

       テニアンやグアムの米軍基地を視察した玉城知事が、移転推進派のグアム知事との会談で協力を表明し、米軍幹部やグアム知事と笑顔で並ぶ写真が添えられた報道は、「大国から抑圧されているグアムと同じ立場だと思っていた沖縄は、日米両政府と同じ視点なのだろうか」との疑問をもたらしたようだ。(後略)
    •  
       0



 

清水丈夫【ブログ注】
 写真は『前進』から。

上記の表題で『試練』にアップされた。
https://blog.goo.ne.jp/shiren-shinsayoku/e/f0758c1ab99c73c1f40d7b937c5f6ab3

 『試練』氏には失礼だが、このあと冒頭部分の【管理者コメント】は「演説」の後に回した。
 ただ、「 清水氏登壇にたいしては、埼玉県委員会が抗議し総退場したそうである。また、演説中に数回にわたって女性の声、男性の声で野次が飛んだとのことである。仮にも議長の発言にたいする党員の反応としては、異例のこと、驚くべきことが起こったのである。」
そうだ。

【以下引用】……… ……… ………


2020-09-10 06:21:23 | 日本の新左翼運動と共産主義運動をめぐって 

清水丈夫氏が51年ぶりに浮上
開き直りと恫喝と哀願~~最悪の自己保身演説(全文掲載)

 


………………………………………………………………………………………………………
2020年夏 革共同政治集会特別報告
現実から遊離し革命的情勢に対応できなかった党と私
――今後、自ら大衆運動の現場に立ってたたかう
清水丈夫革命的共産主義者同盟議長



(満場の大きな拍手に迎えられて清水氏が舞台左袖から登場、演壇に立つ。)
 このような革共同集会で発言するのは51年ぶりです(照れ笑い)。(拍手) 長期にわたって権力の弾圧を粉砕して非公然活動を貫くことができたのは、やっぱり党と階級の力だと思います。(大きな拍手)
 今日あえてこういう場で発言を求めたことはなぜかと申しますと、やはり、今、前の人の基調報告でも出ましたけれど、旧政治局のもとで旧政治局の誤りが深刻な党的な危機と混乱をもたらしたという問題があります。それで三里塚の人も「危機」ということをいいましたけれど、党的な危機をもたらしたということがあると思うんですね。で、それはその過ちは、基本的に、その責任はわたくしにあります。それを認めたいと思うんです。(野次「そうだ!」「徹底的に認めてくれ!」)わたくし自身が直接にどうしたかというと、党の自己批判をして、何が問題なのかを明らかにして、(野次「徹底的に自己批判してくれ!」)というのが必要だと思います。で、そういうことをちゃんとやらなければ絶対、共産主義者とはいえないと、こう思ったんです。(野次)

 次にちょっとその内容的な面に入りますけれど、わたくしは26全総(各報告)の旧ライター批判の、旧政治局批判というのを真正面から受け止めたいと思います。わたくし自身がやっぱり7回大会路線を誤りを支えて推進する役割を果たしたということをはっきりさせて、その点を自己批判していかなければいけないと思います。

 その上で、その内容についてまた入りますけれど、やはり非常に重要なのは7回大会の路線の誤りというのはどういう誤りだったのかということをはっきりさせる必要があると思うんです。その点で、今、基調報告でも縷々述べられましたけれども、現在の情勢が世界大恐慌の情勢、あるいは3・11によって暴露された新自由主義の危機、そういったものによって現わされている、(いいよどむ)何というか、ちょっと待って……(野次)(しばし立ち往生)(野次「コロナを理由にしてマスクをしているんじゃあないよ!」、清水氏マスクを取る)(野次)旧政治局の誤りという問題を考える場合に、7回大会というのはどんな状況のもとで開かれたかと、どういうことと対峙すべきだったかということを考えて、ということから、始めていく必要があると思うんです。そういう点で明らかに7回大会当時は、今いった大恐慌とか、3・11とか、そういったことによって表されているように新自由主義の破綻がはっきりと現れていた。今日のコロナ×大恐慌情勢で現れているようなものすごい革命的な情勢というか、新自由主義の総破産ということがあの時点から始まっているというふうにとらえるべきだと思うんです。
 そしてその7回大会は、その始まりはじめた大恐慌、革命的情勢にたいして党がどのように対応すべきかということについて、やっぱり間違ったというところで押えるべきだというふうに思います。
 その場合に、……(いいよどむ)重要なことは革命情勢というふうにいいますけれども、革命的情勢というのは何か革命がやりやすくなったというように簡単に考えるような問題ではない。革命情勢が始まったということは、階級闘争の質がそこで大きく変わって、非常に厳しい対応に迫られているということが、あの時点で、7回大会で問題にすべきことだったと思うんです。
ところが、あの当時、4・9政治和解、4・9反革命といっていますけれど、それが国鉄労働運動をつぶすということのために出てきた、行われた。このことにたいして、真っ向からどうやって対決するのか。4・9政治和解というのは階級的労働運動の根をそのものを絶つ。具体的にいえば、始まった、前進を始めている動労千葉のたたかいを完全に圧殺する、そういうことをあの時点で革共同に迫ったというものとしてあったと思うんです。
 そのことを、革命的情勢を革命に転化するといいますけれど、革命的情勢を革命に転化するというのは大変な問題なわけです。そして、大体、革命的情勢というのはそれまでの党のあり方そのものでは対応できない、そういう情勢をもたらす、階級情勢が次元を異にして厳しくなると、そういう意味ではものすごい質的な転換があるという、そこのところをちゃんととらえるべきだったということが、まず(いいよどむ)……あります。

 7回大会とはそういう情勢のなかで、しかし、革命的情勢はあるけれど、革命に転化すべき階級の主体的情勢はまだ成熟していないという、このときに革命党はいかにたたかうべきか、問われていました。7回大会はしかし、これにたいして安易な方向で、先ほど(基調報告で)いわれたように、安易な方向で空論主義的に流れた。4・9との対決から逃亡するということになったと思うんです。ここんところが、自己批判するという場合の、しっかり押さえていくことだし、なぜ、そういうことが起こったのか、なぜ、そこまで頑張ってきた人間がどうしてそういう空論主義の方向に流れたかということを自分自身の反省も含めて考えなければならないということを、革命情勢の到来というのは続いていると思うんです。それは現在の革命情勢そのものという、ものすごい、かつてない、資本主義の終わりがどんどん見えているというような時期に、今、革命情勢をほんとうに革命に転化するというのは大変な問題で、それを飛躍になるようなことが、党の変革が絶対に必要になっている、そのことの出発点を7回大会は、築くべきだったと。それを安きに流れて、空論主義に走ってしまったというところが、非常に痛恨の極みだと思います。

 問題は、わたくし自身の問題と関係しますけれども、わたくしは7回大会に関して第1報告という形でかかわってきました。第1報告のところでは、リーマンショックと世界大恐慌という問題を押さえて、今起こっていることがほんとうに世界大恐慌なんだということを明らかにして、ほんとうに世界大恐慌というのは資本主義にとってものすごく深刻な問題をもたらしますから、大変な階級闘争の激化というか、深刻な事態が現われてくるということであるんですけれども、この革命的情勢を革命に転化するためには、……。4・9という形で、革命的階級的労働運動が始まって、その先頭に動労千葉が立っていると、これを根絶しようという形で、支配階級が真っ向から反革命的に暴力的にやってきたものが4・9政治和解だったというふうに思います。そういう意味では、ほんとうに到来しつつあった、始まった革命情勢を革命に転化するというのを本当にやろうとしたら、この4・9の挑戦に党は自己の変革をかけて真っ向からたたかわなければならなかった。そういう意味では、動労千葉を先頭にして、国鉄闘争破壊、労働運動破壊という攻撃にたいして血みどろの階級闘争を展開する、そういう労働運動の現実と格闘するというなかで、革命に転化する道を開いていくということを、やっぱり求めるべきであったというふうに思います。

 その点、わたくしの第1報告というのは、今読み返してみても、革命情勢が到来しているということを強調していますけれども、革命情勢がどんな問題を党につきつけるのかということについて、はっきり提起することができなかった、ということがあります。そこのところが根底的な誤りだった。だから結局、空論主義的なものにたいして、それを支えて推進するということに、結局なってしまったということが、自分の非常に、革命情勢はそういう形で論ずるだけでは何にもならない、やっぱりそれを革命に転化するためには、現実の労働運動と格闘して、革共同がほんとうに労働運動の中で大きな力をもつということがなかったら、できないということをはっきりさせていくことをすべきであった。それが第1報告ではできてないという点で、わたくし自身の誤りの基礎というか根本にそれがあったということを今、非常に痛切に思っています。
 要するに、それはなぜ、そういう事になったのかというと、やっぱり現実に行われていた国鉄決戦とか、具体体な労働運動の現実と具体的に結びついて、階級とどう結合していくかという道を自分自身がほんとうにちゃんとやってなかった、そこから遊離していたというような、階級からの遊離というような、そういうことが自分の中で起こっていたということが、革命情勢を語っても、ほんとうにそれを革命に転化するための党のほんとうのたたかいの方向を出すことができなかったということが私の誤りというふうに思っています。

 そういう意味で、わたくしは階級闘争の現場に飛び込み、一緒になってたたかうなかで自己批判を深めていかなければならないと思っています。だから、今いったような自己批判をするということでは終わらない、むしろ始まりであって、何というか、現実に階級闘争の現場に飛び込んで一緒にたたかうなかで、そして討論し、自己批判を深めていくということのなかで、……(聴き取れず)にしていかなければならない。それは決して無駄なことではなくて必ずこれから今日の階級闘争にとって意味のあることにもなる、そういう討論のなかから生み出されてくると信じております。
 今、そういう意味ではほんとうに皆さんのたたかいのなかに自分も飛びこんで、何というか、たたかうという決意をしてるんですけれども、そのことをほんとうにやりきれるかどうかというところに、わたくし自身共産主義者であるかどうかということが問われているというふうに思っています。やっぱり一人の共産主義者として生き抜きたい、たたかい抜きたいと思っています。今、その自己批判をほんとうにやっていくということは、必ずエネルギーを生み出すと思っています。

 今、コロナ×大恐慌情勢というか、猛烈な危機、新自由主義の根底的破壊を引き起こしつつあると思います。現在のコロナ情勢のもとでの大恐慌情勢の進展というのは、わたくしも50年見てて、こんなことはない。全然、ものすごい危機が始まっている。それはその他にも3・11に関連しますけれども、福島原子力発電所が爆発したというような問題なんかも、新自由主義の危機としては、今日に至るまでものすごく大きな問題を投げかけていると思います。さらに、地球温暖化ということが問題になっていますけども、それも新自由主義がもたらしたものとして、非常に、今の新自由主義の崩壊の仕方というのは尋常一様ではない、もうぐちゃぐちゃであるということだと思うんです。
 そういう非常に、どうやって苦境を突破していいかわからないという状況で、新自由主義というのは凶暴化している。凶暴化する資本主義という新自由主義は打倒しなければならない。新自由主義を打倒する階級的な労働運動を今ほんとうにつくり出すために革共同はどのようなことをしてでも頑張んなきゃいけない、ということじゃないかと思うんです。
 そういう意味で、最後に、現在進行している大量解雇、組合つぶしを絶対に許さない、それから労働運動を甦らせる、新自由主義を覆すたたかいをつくるということを、やっぱり決意したいと思います。11月の労働者集会に結集したいと思います。私もともにたたかうつもりです。どうもありがとうございました……(いいよどんで声が出なくなった)。(中程度の拍手。登場時の拍手より少ない。)
(おわり)
2020年9月6日/サンパール荒川・大ホール

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【管理者コメント】

 2020年9月6日の革共同(中央派)政治集会で議長の清水丈夫氏が登壇した。振り返れば、1969年4月27日、本多延嘉書記長らが日帝国家権力による革共同への破防法の適用・発動によって不当逮捕されたとき、清水氏はただちに地下活動に入った。それから、実に51年ぶりの浮上である。しかも、革共同集会で多くの聴衆を前にしゃべったということは、度外れの演説嫌いで有名な清水氏がよほどの意を決してのことであったろう。
 清水氏登壇にたいしては、埼玉県委員会が抗議し総退場したそうである。また、演説中に数回にわたって女性の声、男性の声で野次が飛んだとのことである。仮にも議長の発言にたいする党員の反応としては、異例のこと、驚くべきことが起こったのである。
 ある参加者から、清水氏の演説全文(文字起こししたもの)がサイト管理者に送られてきた。そこには、「あまりにひどい。無責任極まる。聴くに堪えなかった。多くの人たちが拍手したが、その感性が信じられない。抗議の退場と思われる動きもあり、野次も飛んだが、当然のことです。公表は委ねます」というコメントが付されていた。
 演説全文を一読すると、内容はびっくりするほど最悪、最低のものである。何を自己批判するのかまったくいわないでおいて、自己批判になるわけがない。それこそ開き直りである。党員にたいして、オレはもう自己批判した、だから追及するな、前に向かって一緒にたたかうべきだという恫喝と哀願に終始するものであるといえる。清水氏の自己保身が最悪の形で表れている。
 しかし、内容の当否を問わず、やはり歴史的に記録されるべき貴重な演説なので、全文転載します(約18分間)。なお、タイトルと見出しは、公平であるべく、清水氏の意を汲んで、管理者がつけたことをお断りします。








【以上転載】……… ……… ………

写真は『前進』から。清水発言は遅れて「要旨」として紙上に掲載された。

革共同集会 特別報告(要旨) 革共同議長 清水丈夫


【以下、『未来』から転載】

同盟員による性暴力事件について深くおわびします

 革命的共産主義者同盟関西地方委員会(以下、同盟)は7月下旬、臨時総会を開催し、同盟員である八代秀一にたいして、以下述べる理由によって、無期限の資格剥奪処分を決議しました。八代は『未来』および『展望』の編集委員を兼任していました。
 2019年12月末、八代は大阪府内に所在する同盟所有の建物(以下、事務所)内において、Aさん(女性)にたいして性暴力を働きました。Aさんは同盟の協力者であり、同盟員の連れ合いでした。事件当時、Aさんは家族の事情で事務所内の個室に一時避難していました。Aさんは重い精神病の症状に苦しんでおり、栄養失調も重なって衰弱した状態でした。八代は、事件当夜、事務所内に人がいなくなったときにAさんが宿泊していた個室に入って、Aさんに襲いかかり性交を迫りました。Aさんがこれに抵抗し拒絶したため、八代は犯行をあきらめ、事務所を出ました。事件直後、Aさんが連れ合いのBさんに電話で連絡し、八代の犯行が明らかになりました。
八代が犯した性暴力事件は人間として到底許すことができない犯罪です。私たちは被害者のAさんに心からおわびします。本件は同盟員による前代未聞の性犯罪であり、女性差別事件であり、障がい者差別事件です。私たちは本件によって、私たちを支持し、共に闘ってきた皆さんを裏切り、深く傷を付けてしまいました。さらには性暴力、女性差別、障がい者差別とたたかう人びとを裏切り、敵対する行為をはたらいてしまいました。私たちは同盟員がこのような重罪を犯したことを深く恥じ入るとともに、すべてのみなさんにおわびします。
 本来ならば、本件発生後、速やかに事実を公表すべきところでしたが、実際には7カ月以上もかかってしまいました。地方委員会は、同盟員による犯罪の重大性とその対処が遅れたことの責任を重く受けとめ、同盟の議長および地方委員全員が辞任し、臨時総会において承認されました。
 以上、同盟による犯罪行為の事実を報告するとともに、心からの謝罪と反省の意を表明します。
2020年8月1日
革命的共産主義者同盟   関西地方委員会


 

未来第299号目次(2020年8月6日発行)
 http://kakukyodo.jp/mirai20299.htm#12

【ブログ注】既視感ありあり、という感想が寄せられています。

2020-08-17 10:55:23 


 事態は急速に進展しているようです。ひとまず26CCについて、メモ程度にまとめ、今後は生のコメントや記事で対応することにしました。
  今回は『前進』記事と『試練』から。
 一部、独自のニュースや視点が加わります。

【以下『前進』2020年新年号巻頭論文 抜粋】

⑴7回大会の路線的誤りを克服する道つかんだ26全総

 革共同は昨年9月に開催した26全総において、これまでの党の闘い、とりわけ2015年1月の第7回大会以来の闘いを総括し、そこにはらまれていた重大な路線的誤りをえぐり出し、これを推進した中央指導部(旧政治局)の組織指導の破産を明らかにした。26全総は中央労働者組織委員会の主導のもと、全国の各地区、同盟本部(前進社本社)、青年・学生党員から選出された全国委員が結集し、とりわけ国鉄決戦の先頭に立ってきた現場の同志をはじめとする労働者党員によって終始討論が牽引(けんいん)された。そしてそのような白熱的討論を通して、現代革命に勝利する党の総路線の再確立に向けて新たな一歩を踏み出すとともに、第8回大会までの暫定中央指導体制(清水丈夫議長―秋月丈志書記長)を選出した。

【以上転載】
 


 【諸問題①】3人組が失脚
 
 天田・木崎と坂木の3人組は新政治局員に選出されず、失脚が確定。
 他の旧政治局員も大半が再任されることはなかった。
 新書記長をはじめ暫定執行部は、大きく若返ることになる。
 『試練』では天田元書記長の「メモ=自己批判書」が公開された。切れ切れの、とても「文書」ともいえない。
  資料:天田三紀夫革共同書記長の「謝罪」文

  大会は2020年になりそうだ。

 【諸問題②】秋月丈志暫定書記長
 秋月暫定書記長は、中四国地方委員会の書記長で、中央指導部としての実績は無いか薄い。
 動労千葉の田中委員長は政治局員として継投する。


 【諸問題③】清水議長は残留(略)
 天田氏の「メモ」と並んで議長の自己批判書も出たようだが、それへの公然とした批判もあったという。「暫定執行部として」清水議長も残留した。清水議長の影は薄い。

 【諸問題④】02年?の人事との比較(略)

 【諸問題⑤】「党の労働組合」をめぐっての抗争(略)
 26CCは全国WOBの主導で開かれたとする。これはWOB(労対、常任=専従)ではなく主要現場労働者メンバーの出席する定期的な会議とその出席者たちのこと。
規約上は非正規だが…


 【諸問題⑥】女性差別事件の後継化
 もともとの経緯としては、木崎氏をはじめにした3人組などによる「女性差別事件の隠蔽」を焦点として追及されてきた。その結果、天田書記長を含む3人組が失脚した。その流れの中で政治局員の「全員辞任」という大事件を受けての全国委員総会である。しかしそれらの経緯は急転直下後景化し、労働運動をめぐる路線闘争に集約される結果になった。
 
 【諸問題⑦】過去の分裂や追放劇への振り返りは無し
 06年や07年に遡って起こった関西での「党の革命」や関西派(再建協・橋本派)の追放・分裂への見直しはなさそうだ。その後の幾多の除名・追放・分裂や荒川氏へのスパイ規定も、諸個人・諸グループの造反への見直しもなさそうだ。かけがえのない「有能で大切な労働者党員」に謝罪し、三顧の礼をもって復帰を要請する気配も今のところなさそうだ。
 ましてや00年の白井朗政治局員へのテロとこれを批判した諸人士への謝罪も見えない。
 事態の展開によってはゼロとは断定できないが…


 【諸問題⑧】「暫定」の意味

 人事と基調提起は「賛成多数で採択された」とある。中核派の歴史でこんなことは初めてといっていい。
 その後新年号巻頭論文を除いて、「26CC決定」をたたえたり、「決定に基づいて」などの表現による学習運動や翼賛運動は語られない。決定も人事も事実上不信任にあえいでいる、改めて全党の承認が得られるのか否か、というのが正確なようだ。
 『試練』から。
資料:革共同26全総 議案(前半) の26全総実行委員会・議案起草委員会の項
 
 【諸問題⑨】星野・沖縄ほか 
 群馬君 星野文昭氏の獄死(虐殺)についての振り返りはない。
 首里君 「オール沖縄反対」についても…

今回はここまでにします。
 




「新たな反スターリン主義組織の創造をめざして、二〇一九年初春に、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(探究派)を結成した。」

探究派公式ブログ
https://tankyuka.hatenablog.com/

ブログの開設は2020-07-15 の記事からだが
旗揚げは「二〇一九年初春に、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(探究派)を結成した。」そうだ。

『コロナ危機との闘い』が「綱領的立場」を表わしている、らしい。
アマゾンは下記
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E5%8D%B1%E6%A9%9F%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%97%98%E3%81%84%E2%80%95%E9%BB%92%E7%94%B0%E5%AF%9B%E4%B8%80%E3%81%AE%E5%96%B6%E7%82%BA%E3%82%92%E3%81%86%E3%81%91%E3%81%A4%E3%81%8E%E5%8F%8D%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%AE%E5%86%8D%E8%88%88-%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%9E%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E6%9D%BE%E4%BB%A3%E7%A7%80%E6%A8%B9/dp/4910323015


少し古くなったが、参考までに…

未来第278号目次(2019年9月19日発行)

5面  追悼 星野文昭さん
     人間らしく生きる社会へ
     71年11月14日渋谷暴動闘争被告 米村泰輔

     http://kakukyodo.jp/mirai19278.htm#51



JR東の有価証券報告書から
名称組合員数19年組合員数16年労働協約労働委員会係争中
JR東労組 9,74343,923×
国労東 2,6994,800 
東日本ユニオン    9151,425 
新鉄労組    376   − 
JRひがし労    354   −  
動労総連合    100197 ×
JREユニオン      82152 
JR新潟労組      45   − 
建交労鉄道東日本本部      1219 
鉄産労        917  
動労        813  
 合計
14,34350,546  
https://www.jreast.co.jp/investor/securitiesreport/2019/pdf/securitiesreport.pdf
【ブログ注】
「エルダー社員等の定年退職後の再雇用社員は含めていません」
「当社は2008年度より、満60歳にて定年退職に達した社員のうち、希望者については原則出向のうえ、5年間再雇用する「エルダー社員制度」を導入しています。」

1.エルダー社員制度の変更内容について

○主な変更内容は、以下の通りです。

<勤務形態>

現行:グループ会社等へ出向して勤務

改正:グループ会社等への出向を基本とすることは変更しないが、上記目的のため、JR東日本で勤務する業務範囲を拡大

【ブログ注】

ウィキペディア【動労千葉】によると下記の通り
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84%E5%8D%83%E8%91%89%E5%8B%95%E5%8A%9B%E8%BB%8A%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%B5%84%E5%90%88#現状とJRの対応

組合員数
[編集]

2016年の労働組合基礎調査によると、動労総連合としての組合員数は339人で、その中の動労千葉の組合員数は296人である。

JR東日本の2019年3月期有価証券報告書によれば、「国鉄動力車労働組合総連合動労総連合)」の名称で掲載されており、組合員数100人。ただし、この数字には「エルダー社員」等の定年退職後の再雇用社員等は含まれておらず、グループ会社の千葉鉄道サービス(CTS)に雇用されている者・出向している者も含まれていない。

【ブログ注】 労使関係総合調査(労働組合基礎調査) / 平成30年労働組合基礎調査 別表
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450101&bunya_l=03&tstat=000001015698&cycle=0&tclass1=000001124975&tclass2=000001124979&stat_infid=000031791995
 エクセルでダウンロードして開くと10Pにある。
それによれば
18年版で、動労総連合は314人、動労千葉は271人。

ライブドアへの移行に伴って、操作がうまく行きません。
一先ずアップします。

水谷さんのブログ『試練』で

革共同政治局が動労千葉に敵対、加えて二つの女性差別問題を隠蔽、党本部で追及・批判が噴出、ついに政治局炎上

という記事が載った。
  『試練』のURLは下記。
  https://blog.goo.ne.jp/shiren-shinsayoku/e/30f1ebd776fed3eca0e9043b8e963540

 A4用紙で6枚ほどの分量で、この間の中央派の騒動を暴いている。
長文だということもあり、至る所での「水谷節」が煩わしく、起こっている事実関係が埋もれてわかりずらい。
 で、私にとって必要な要旨をまとめておきたい。

 まず、『試練』のリード部分から。

【以下そのまま引用】
 「書記長・天田三紀夫氏や政治局員・木崎冴子氏、同・坂木(高原洋一)氏ら「三人組」が牛耳る革共同中央派。その中央派が今、政治局炎上というべき瓦解状況に陥っています。
 天田氏が書記長辞任を表明、木崎氏、坂木氏、鎌田雅志氏が自己批判中、昨年には辻川慎一氏が脱党・逃亡といった事態となっています。議長・清水丈夫氏は自らに火の粉が降りかかるのをただただ避けようとしているだけのようです。
 そうした事実関係の情報はすでに革共同外にも伝わり、次第に広まっています。
 きわめて注目すべき事態ですので、起こっていることを整理しておきたいと思います。以下、革共同関係者の敬称は略とします。」【以上転載】

見出しは以下。

1)革共同が動労千葉支配を企む
 「辻川動労総連合構想」をめぐって対立
2)辻川の脱党・逃亡と三人組の党内求心力の喪失
3)女性差別の隠蔽への糾弾を導火線に怒りが爆発
4)参院選取り組みを放棄
5)中央派形成の党是が崩壊している
6)元凶は清水「党と労働組合の一体的建設」論
 辻川問題と二つの女性差別問題の事実と真相を公開せよ

  代表執筆:水谷保孝(みずたに・やすたか)

要旨(基本はコピペですが一部要約)
1)革共同が動労千葉支配を企む
 「辻川動労総連合構想」をめぐって対立
 【要旨】
 2014年以来、
 「国労共闘の解消・解体と動労〇〇の結成への国労共闘からの移行」をめぐる混乱(~16)と、
 動労総連合の辻川トップ構想をめぐる動労千葉(田中康弘委員長)と本社3人組&辻川慎一(動労水戸)の抗争と混迷が続いてきた。

 【注】なお、辻川は、「政治局員、労対部長、動労水戸創設者の一人、同副委員長、故中野洋の後の労組交流センター代表、ペンネーム:大原武史」とある。
 また田中は「政治局員、動労千葉委員長・動労総連合委員長、ペンネーム:松丘静司」とある。
 ともに「政治局員」という話は文字としては今回が初めてか?

2)辻川の脱党・逃亡と三人組の党内求心力の喪失から

 18年、辻川による東京の非正規雇用の女性労働者への女性差別問題が発覚した。
 辻川は当初「不倫ではない。純粋な男女の愛情による関係だ」などと開き直り、紛糾したのだが、事実を隠し追及をかわすことはできず、追い詰められた。辻川は自分の基盤である動労水戸を味方につけようとしたが、内部に一定の分岐が生み出されたものの、あえなく失敗した。辻川は、ついに勝手に脱党・逃亡してしまった。それが昨年68月過程で起こったのだった。
 【ブログ注。以上、第1の女性差別問題】

  辻川動労総連合構想は、党による動労千葉支配を認められないとする田中サイドからの激しい反発、および党本部における田中同調の動きによって、【中略】加えて女性差別の常習犯である辻川(わかっているだけで今回が3度目)の問題性の露呈によって、あえなく失敗に帰したのだった。
 【中略】同時に、辻川問題を隠蔽する天田ら三人組への党員の不満、批判が次第に強まり、充満したまま、事態が推移した。【中略】とりわけ天田の疲弊ぶりは顕著で、党内求心力は急速に失われていった。
 そのなかで、18年末には、天田の円満引退論が取りざたされる状況も生まれた。
 
3)女性差別の隠蔽への糾弾を導火線に怒りが爆発から
  

 2019年になって、さらに事態は大きく動いた。
 【中略】前進社の某部局の女性が数年前に自らへの女性差別問題を告発したことを上から封殺されたとして政治局を糾弾する行為に踏み切った。彼女の所属部局が連帯して、「隠蔽を許さない。政治局を糾弾する」と、かなり激しい糾弾決議を挙げた。それは辻川動労総連合構想の誤りへの責任追及にも及んだ【中略】
 糾弾決議は他部局に波及し、党本部のほとんどの部局が糾弾決議を挙げるに至った。わかっているだけで、印刷局、編集局、経営局、救対部、出版部、ドライバー部、理論委員会、マル学同中核派(前進社居住)などである。事態を知ったすべての党員が「本社政治局はここまで腐っていたのか」と激怒した。
 数年前の告発を握りつぶした鎌田雅志(政治局員、革共同のスポークスマン、元全学連委員長)と木崎冴子(政治局の実権派、女性解放組織委員会議長、中央学生組織委員会ゴッドマザー、天田の妻)が矢面に立たされ、糾弾、追及された。【木崎問題は中略。鎌田は当時、当該部局の長?】
 
(木崎は)官僚的自己保身に終始し、自己批判できないため、鎌田と同じく権利停止とされた。前進社に缶詰めにされ、自己批判に専念させられている。
 さらに天田が政治局の組織責任を問われ、糾弾された。【中略】天田は、まともに自己批判できず、立ち往生してしまった。そして、昨年来のダメージもあり、「書記長辞任」を表明するにいたった。
 坂木もまた、自らが直轄し、かつ持ち上げ続けた東京北部地区委員会の指導部崩壊という組織問題(16年)をすりぬけてきたことも含めて、責任を問われ自己批判を求められている。
 糾弾のなかで、自己批判もできない三人組などのあまりの不様さ、醜態に怒りが募り、事態収拾のめどは立たず、解決を図る力がどこにもない状況である。

 【中略】それがこの4月、5月、6月に急速に進展したのである。

4)参院選取り組みを放棄

 こうした事態の中で、中央派は、斎藤郁真(前全学連委員長)を候補者として7月参院選に取り組むという、昨年8月以来の重大基本方針を維持することができなくなった。
 55日付で斎藤の出馬断念声明が出され、それが『前進』527日号に党のコメントを付して公表された。
 斉藤声明は「参院選への力を労働運動、社会運動に注がなければならない。だから出馬を断念する」というものである。【中略】
 そのうえで、「力ある革命党として登場できていない」「多くの人を組織する点での私たちの力不足」「労働運動のできる党になっていない」「現在の主体的力量の不足」などという泣き言を繰り返している。近年の中央派の言動にはまったくなかったネガティブなフレーズを、斎藤はあえて記さざるをえなかった。それは、明日にでも「ゼネスト」が実現できるかのように呼号し、「動労千葉型労働運動が全国で拡大している」と宣伝し、「1000人のマル青労同をつくる」と豪語してきたことがすべて虚言であることを自認するものである。【中略】

5)中央派形成の党是が崩壊している
 【中略】
 つまり、(1)06314以来の「動労千葉型労働運動路線」、「動労千葉特化路線」、さらに「党と労働組合の一体的建設論」(1412月第7回大会路線)、(2)「血債主義粉砕」の名による差別糾弾・排外主義糾弾のたたかいへの敵対路線(08年七月テーゼ)という中央派の党是が、すべて破産をあらわにしたのである。
 同時に、(3)何よりも党内テロ・リンチの314を美化し、【中略。当ブログ注。水谷さんの「原点」はやはり今も、これだ。】

6)元凶は清水「党と労働組合の一体的建設」論

 【中略】

 辻川問題と二つの女性差別問題の事実と真相を公開せよ

 【以下略】【以上抜粋して転載】
  ……… ……… ……… ………

 
 【当ブログ注と補足】なお、事態は仮の執行部の下で公式・非公式に組織内に広がっている。とは言えやはり機密扱いだ。いずれ、「党員総会」などでの事実関係の公表と当面の人事の確認は避けられない。また全国委員会の開催と新執行部の選出=「選挙」も不可欠だ。とは言え現状は未だに「不明」。先行きも不透明で、現在進行形、として置こう。
 なお、鎌田は6月3日の記者会見で革共同として発言している。
 http://www.zenshin.org/zh/f-kiji/2019/06/f30420101.html
 木崎は6月6日の星野さんの通夜で発言しながら『前進』記事では抹殺された。(前回記事)
 http://yuigadokuson999.livedoor.blog/
 
   7.6
星野全国総会では革共同の発言は無い。
 
 水谷さんの原稿は715日付け、19日付けでアップされたもの。

    追記
    動労水戸のブログ内には辻川氏のコーナーがあり今も続いている                 http://doromito.blog.shinobi.jp/
    「辻川慎一つくば便り」http://shinpanda2019.blog.shinobi.jp/

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