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 2007年に組合の機関紙(月2回発行)に載せたものが出てきたので、記念として…。
 B4の両面を使った機関紙の第2面をフルに使って連載しました。

 350台余の車(当時)に2日つづけて、1枚1枚置いていきます。
 2日目には初日の分は運転席の周囲には残っていない場合の方が多い。
 かといって車庫のゴミ箱には棄てられる機関紙はほぼゼロ。
 皆さん結構読んでいるのです。

 当時、組合員は大争議に完敗してから激減ですが、非や他の組合員も大切にしまいこむのが通例です。情報と話題が欲しいのだと思います。

 記事は「800人中40人が読めば出来すぎ」という思惑で書いたもの。
 たまに「あの記事は面白かった」という人がぽつぽつと続きました。


ペコちゃんが泣いている


 ずさんな管理が次々と表面化


 不二家食品の品質管理のずさんさが、ぼろぼろ出てきた。店頭から商品は締めだされ、埼玉工場は操業停止に。


 私は今、親しかった不二家の女子工員(当時の表現)たちを思い浮かべている。彼女たちは今、この事態にどう直面しているのだろうか?どんな想いでいるのだろうか?


 当時、彼女たちは、零下十数度の冷凍室で作業していた。硬く凍ったチョコレートを枠から叩き落すという、地味で、根気のいる作業だった腱鞘炎に悩まされながら、組合の青年婦入部の活動を中心に担っていた。


 彼女たちは、会社の製品に誇りを持っていた。休みの日には 「欠格品」のかけらの山を抱えてきた。「おいしいでしよ」という言葉に、私たちは「うまい、うまい」とほおばり続けた


 「企業モラル」とフジヤ


 事件が発覚して、会杜側はまず「現場の派遺社員たちが勝手にやったこと」と罪をなすりつけようとした。


 それが失敗すると、幹部たちの坊主ざんげで真相を覆い隠そうとした。


 そして、事実が次々と発覚すると、立ち往生するしかなくなった。


 会社の対応は「雪印の二の舞」を恐れるあまり、同じ轍を踏むことになった。


 「アナリスト」たちは「危機管理能力」や「企業統治」などを訳知り顔に語っている。しかし、多弁な割に中身ははあいまいだ。


 「生活者の目線」というバネが効かなければ、どんな優れた「危機管理システム」も「仏作って魂入れず」ではないか。


 「マスコミ対策」も良いが、「底の浅い奸智」は致命傷になる。問題は「会社人間」だらけの現実という「限界」だったのではないだろうか?


 不二家もパロマも、「同族経営の弊害」という説もある。


 不二家では「同族主義」への回帰の中で、経営幹部の「番頭化」が進み、また「過激な』労組を敵視」し、『現場』が冷え切っていたともいう。


 「女性は産む機械」発言の背景に、「会社では、女性は機械の一部」という古典的な労務政策が復活している。


  内外からのチェック


 不二家の札幌工場では、最終検査も身分の不安定なパートに押し付けられていた。その「社内基準の数値」も国際基準はもちろん国内基準にも満たなかった。


 同じ食品産業のネッスルでも同様なことがあったという。ここでは労組がくり返し「警告」や「抗議」することで、「難」を逃れたのだという。「労組の姿勢と闘い」が「職場」を守った例だ。


 「自分も消費者」という当たり前の目線」に立つた「製品へのプライド」こそ、基本中の基本ではないだろうか?


 派遣労働者とともに


 責任は全て、経営側にあった。苛立たしいのは、そのつけが、真っ先に労働者(派遣やパート)に転嫁されているという事実だ。不二家の工場現場は今、派遣やパートで担われている。実態は正規雇用なみの仕事をしてきた人々だ。


 「職場としてのまとまり」をつなぎとめてきたのは「派遣」自身だったはずだ。しかし、操業停止=自宅待機に、まともな保証がされる気配はない。


 「国際競争力の試練」の御託や「いつか来る経済成長のおこぼれ」の神話は聞き飽きた。


 当たり前の生活を取り戻すために、私たちの目線を「国家や経済」の悪夢から、もう一度「生活と社会にに移しなおす時ではないか。


 「国家の品格」などという 「美しいあいまいな過去」よりも、今の【派遣の品格】を考えたい。


       【以上その1】


「素人の乱」などの呼びかけによる若者たちの1万5千人のデモ。
 
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