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衆院選にも立候補するのだという。
以下は『前進』から

斎藤いくまさんの衆院選立候補の決意 労働者の、労働者による、労働者のための社会をめざして 新しい労働者政党のための一歩をともに歩むことを訴えます

この国に革命を 戦争・改憲の安倍と小池を倒そう 衆院選への決意 全学連委員長 斎藤いくま

選挙/議会アーカイブ
▲過去の北島選挙、鈴木選挙の記事もある

【追】ま、ご勝手に…

都知事選挙で鈴木氏を応援し、繰り返し街頭演説に立ったこしみず氏が、とんでもない陰謀論者であると語られている。
 
ウィキから一部コピペする。
陰謀論による世界観と、中韓日による東アジア共同体の構想が主らしいが。
ま、読んでもらった方が早そうだ。
 
(Uチューブ)http://youtu.be/JxgJt9YR_H8
 
ウィキペディアから(一部)

リチャード・コシミズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
リチャード・コシミズ(Richard Koshimizu、本名:輿水 正(こしみず ただし)、1955年8月9日 - )は、知性と正義感を唯一の武器とする非暴力ネット・ジャーナリスト。日本人である。
各地で講演等を行い、独自の陰謀論を提唱している。自身は、「ネットジャーナリスト」、「反ユダヤ金融資本主義[1]」と称する[2]創価学会統一教会を国家の敵とする論説も長年に亘って続けている。 東京都板橋区出身、在住。青山学院大学経済学部(一部)卒業。実業家でもあり、アーテック社を経て、2000年に貿易会社「テクノトレード・エンタープライズ・ジャパン」を創業・経営する。

概要[編集]

かつての勤務先での3人の同僚の事故死を不審に思い(一人は病死、一人は事故死、最後の一人は死亡が確認されていない)、世界基督教統一神霊協会(統一教会)・創価学会の合同勢力による「保険金殺人」として警視庁に告発すると同時にネットで会社の上役の顔写真や実名の情報を公開し非難した。しかし、警察は訴えを受理しなかった[要出典]。このことをコシミズ氏はジャーナリストとしての自らの原点としている。
オウム事件北朝鮮問題について、「ユダヤ金融資本権力」「隠れユダヤ人」の存在を指摘し、また創価学会や統一教会および両宗教団体に関係するとされる団体や個人に対して、背後に北朝鮮やユダヤ金融資本権力が存在するとの主張を展開し、批判を行っている。

特定人物(複数)の民族・国籍の指摘[編集]

中世、前近代のヨーロッパ社会にユダヤ人がまぎれこんでいたように、現在のアメリカにも隠れユダヤが混在し、日本にはユダヤ人のかわりにユダヤ人の手先と化した朝鮮人が介在している。ブログ等で「誰々はユダヤ人、朝鮮人」と独断的に言うことがある(在日認定)。過去に隠れ**人(マラノ。英語でステルス・ジューイッシュと表現している)と一方的に認定されたのは、安倍晋太郎安倍晋三親子(朝鮮人)、ジョージ・ブッシュ親子(ユダヤ人)、ビル・クリントン(ユダヤ人であり、ロックフェラーの隠し子)、ヒラリー(ローゼンベルト)クリントン(ユダヤ人)、小渕恵三(中国人)、小泉純一郎(朝鮮人)、池田大作(朝鮮人)、小沢一郎(朝鮮人)、田中角栄(中国人)、麻生太郎(朝鮮人)、菅直人(朝鮮人)、麻原彰晃(朝鮮人)、バラク・オバマ(ユダヤ人)、桜井誠(朝鮮人)、西村修平(中国人)などなどである。これに対し、西村修平は戸籍謄本を見せて反論した。他の人物はコシミズ氏を無視し、言及していない。在日認定する根拠としては、独立党党員からのEメール、投稿が寄せられたと主張する。情報の裏づけは取られていない。これらの人物が日本人あるかどうかについては各人の項目を参照。

部落問題[編集]

元外務大臣前原誠司竹中平蔵を「部落出身者」と断定。「部落民では、どうしても自国の利益を優先する政治をするのに無理がでてくる」、つまり本来自分の国ではないから嘘がつけるとの見解に立つ。部落民が日本人ではないという主張は第二次世界大戦前にしばしば行われていた。詳細は同項目を参照。

右翼団体・右派など[編集]

右翼団体には朝鮮人が暗躍しているとする。彼らは真の愛国心から活動しているわけでなく、日本人の反中・反韓感情を煽り、日本に住む在日アジア人や東アジアの諸外国には反日感情を抱かせることで、日本と中国・韓国関係を離反させ、ユダヤ勢力に立ち向かう可能性がある東アジア協力体制の完成を阻止することが狙いと見ている。また、自民党の清和政策研究会を筆頭に右派(タカ派)の政治家なども同様であるとしている。これらの背後にはユダヤ金融資本がおり、もっぱらユダヤ金融勢力による工作であると主張する。

カルト宣言[編集]

安倍晋三氏等の一部の国会議員が統一教会の合同結婚式に祝電を送っている事実等から「統一教会と自民党の清和会(清和政策研究会)が強く結びついている」と主張主張し、さらに「背後に北朝鮮の存在がある」としている。統一教会は過去に国際勝共連合(勝共連合)を組織しており、また韓国では反日を煽っているが、一方で日本では関連団体や世界日報が右翼系(愛国反中)の主張をしていることからも、在日朝鮮人が多いとされる右翼団体(似非右翼)と強く結びついていると見ている。これらは統一教会の上部組織であるユダヤ系のCIAなどによる東アジア諸国の分断工作の一部であると主張している。また、創価学会については、池田大作を始めとする朝鮮半島出身の一部の人間が組織内組織を構成し、支配する宗教であると主張。コシミズ氏は池田氏を「成太作(ソン・テジャク)」と呼んでいる。また、一部の極右勢力が主張する戦後混乱期に日本各地で強奪・強姦を働いた朝鮮進駐軍について言及が待たれる。さらに宗教特権により各種のマネーロンダリングが行われていると主張する。

独立党[編集]

発足[編集]

目的 本部 位置公用語 設立者ウェブサイト
独立党
リチャード・コシミズ氏の後援会
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/9e/Flag_of_Japan.svg/25px-Flag_of_Japan.svg.png東京都豊島区池袋2-61-8-602
反ユダヤ主義ホロコースト否認
ユダヤ陰謀論・反創価学会、反統一教会
日本語
リチャード・コシミズ氏
リチャード・コシミズ独立党
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コシミズ氏の後援会として有志により結成された。党是は陰謀論「アメリカ合衆国及びその背後で糸引く国際金融資本勢力からの日本独立」。日本の独立の延長上には、中国との密接な連帯関係の構築を期待する。米国との交易は制限し、中国市場にシフトすべきとする。また、電通配下のマスコミ報道を鵜呑みにし真実に気づいていない人々を「B層」と定義する。
イスラエルのメディアで「日本のホロコースト否認の党」としてレポートされた。[9]

活動[編集]

主にコシミズ氏の著述・講演活動の支援活動を行う。また、選挙に対する取り組みとして、自民党の清和会、民主党の凌雲会公明党に所属する議員を国賊と位置付けて該当者を落選させる「国賊落選運動総本部」、「這ってでも選挙に行き、国賊を落選させよう!」独立党掲示板などを展開している。他の関連サイトも全てリチャード・コシミズ独立党から直接リンクされている。しかし活動は掲示板などのネット上に限られるため、2103年時点でコシミズ氏の主張はまったく進展していない。
なお、第22回参議院議員通常選挙では国民新党を支持し、候補者である敏いとう本人に「(自分は集票力を)最低でも30~40万票は持っている」とし、ブログで党員に氏と国民新党への投票を呼びかけたが、敏いとうは14,111票で落選。国民新党も当選者ゼロの結果となった。これに対しコシミズ氏本人は「不正選挙だ」「党員の投票数を数えれば、すぐに不正を証せる」としたが、結局は党員(およびその家族など)の投票数を全て足しても50票程度であった[10]
因みに当wiki項目は、真実ではなく否定することが目的の悪意の人達(IPアドレスを検索すると、官公庁が多く、マスゴミ記者クラブの暇な人が書いているという証言もある)によって幾度となく改竄され、wikipediaは無責任にも垂れ流しだが、有志によって駆除が試みられている。

東アジア共同体[編集]

「アメリカからの真の独立のために日本・中国・韓国・台湾が協力することが重要である。」としており、また、「それを阻止するために北朝鮮が東アジアの緊張を維持させ、日本国内においては似非右翼が動員され、在日アジア人の反日意識を醸成させている。」としている。
 
ちなみに目次は以下。
 

目次

 [非表示

「脱原発」を当面もっとも大事な中心的テーマとすることに、私も同意する。
原発の廃炉と再稼働問題は、今後も繰替えし、世間を揺り動かし続けざるを得ない。
何度も何度も巨大な津波のように、列島を激震させることだろう。
 
 「原発村を標的にした闘いはそうしたうねりの頂点に立つべき課題だ。
 同時に、(本来なら)「保守」の内部から「廃炉」と「脱原発」のうねりが生まれ、事態を主導すべき課題だ。
 問題は「原発村」とは、戦後日本の政治反動と官僚組織、そして「いけいけどんどん」の経済(企業官僚群)が、「体制内的な自己革新力」を排除する実績をため込んでしまったことにありそうだ。
 
 その意味で脱原発の内在的課題は、「多少はまともな資本主義」への転換と「多少はまともな統治能力のある保守」の成立を期することでもある。「原発村」という巨大な帝国と対決し打倒する保革連合軍の結成への企てでもあった。
 USAやドイツの例では、「保守」や「社民」が、原発廃炉に踏み切ったことをはっきりさせるべきだろう。そしてその内在的構造を見るべきだろう。
 ただ、見れば見るほど、日本はあまりにも「日本的特性」に満ちている。やはり日本は「民主主義陣営」でも、「自由主義陣営」でもないと痛感する。根は深く、構造化している。政治にせよ財界にせよ、その指導層の小粒化、「村内政治」への矮小化は無残だ。日本そのものは、「帝国」的な力、帝国を運営する活力を失って久しい。
 
 (「革命的」言辞にすり寄れば、「支配階級内の」(あるいは社会の)分裂を期待し促進する。その亀裂を水路として革命的情勢を引き出し、便乗し、陰謀的手法で権力を奪取する。あとは革命的徴兵制で内戦に武器の力で勝利する。その一歩だ。‥‥別にレーニンに従わなくても、こんなことは政治学の常識だともいえるのだけれど)
 
 で、「多少はまともな保守」は、自身は保守の枠組みに入りながら、社共や労働運動などを出汁にして、その調停者として登場して自身の主張(?)を実現するバランス主義の形をとってきた。彼らの一部は、あるいは若い日には、社共や新左翼の活動家やシンパに擬して(仮託して)急進的行動や言辞を吐いたこともあろう。
 55年体制を支えてきた「保守」の内在的力とその源泉を改めて正しく評価しなおすことも必要だろう。
 「平和ボケ」を代償にして、それなりの「平和国家」と階級協調を謳歌してきた戦後日本や「失われた20年」を気を沈めて展望することもあらためて思う。
 そんな連中が一線から引いた今、「統治能力・統合能力」がさらに急速に衰えを見せているのだと。
 
 私は今思う。
 「健全な保守」「アクティブな資本主義・自由主義」なくして、社会は「変革」や「改革」の経験を積めない。
 「首都東京」の大都会で青年期を迎えた都会派1世、あるいは「在東京2世・3世」には、優れた官僚や技術者は生まれても、全体を見据えた包括力は期待できない。
 
 地方で20までを迎えた若い層以外に、そんな可能性を見出せそうにない。
 そう。地方都市に育った若手集団か、徳田虎雄のような島々から生まれた強力(ごうりき)に期待するしかない。「保守的心情」を喉元まで満たしたリベラルな人々。「世界」を見渡せる突出した知性は無くとも、自分の育った県や市町村を見渡せる粘り気のある人々。
 そんな人々が、市町村や県政を基盤に抑えて中央政治まで登場してくることを待望する。
 
 「脱原発の一本化」をめぐる議論は、多分、そういう議論なのだと私は勝手に思い込んでいる。
 
 あまりに骸骨化・空洞化した「左翼」や「旧・新左翼」の姿を見る時、私は必ずしも私や彼らの罪にすべてを帰するのは無理だと思えてくる。
 「とりあえず提携できる保守」がいないことの無残さ‥‥。「まともな保守」はあまりに非力で、「まともな左翼」も足腰が定まらない。
 
 都知事選を巡る一本化の議論は、「とりあえず」「風を巻き起こす」「突発的強風」への期待にかけたものであり、「都知事」が(制度的にも潜在的にも)もつ影響力と決断の力を考慮した「体制内的・現状変革的」な企てではあった。言いかえれば「万に一つ」の可能性にかけた営為ではあった。その結果がなんであったとしても‥‥だ。
 
 ただ、ひとびとの心に届くには、多分、余りに多くの欠落がありすぎたのも事実だ。二の矢三の矢もなく、無投票や保革双方にとどまった。人々には形だけの声さえも届かない。
 
 半径2メートルの世界にとどまる人々に声が届くには、その次元にとどまる運動や個人の声・熱気が共鳴する回路が必要なのだという、ありふれた結論が、今回のもう一つの結論だ。
 
 
 
 

私も、「一本化」に期待した口だ。
さらにいえば、「一本化」が無視された時点で、「細川支持」に舵を切った。
 
とはいえ、かなり腰の引けた「期待・支持」だった。
 
理由は簡単だ。
①私自身が動けない諸般の事情が続いていること。
 仮に動けたとして、「細川支持への集中」運動を有効に働きかけることが非常に困難に思えたこと。
②運動はもちろん、メディアなどでも「まず原発」という視点が語られて、おおいに共感するのだけれど、「世論の」実情からはあまりに程遠いという実感だ。ベースとなる「世論」は、「期待・思い」はとりあえず別として、あまりに冷え切っている。
③「細川への一本化」は、その内容がどのようなものになるか次第で、一定の新鮮でアクティブな層を揺り動かすだろう。1人で数十の票を動かす活力に満ちた大衆(または大衆的活動家)が奮い立つ中身になれば、保革の枠組みを超えた力が発揮される。しかし、宇都宮・共産党が無条件に拒絶した時点で、可能性は消滅した。‥‥消滅した。
 一本化をめざす人氏や運動はあまりに脆弱で、双方の接着剤・緩衝材としては、あまりに存在感がなかったというしかない。双方にとって、「利益は無く、失うものばかり」。深い溝を埋めるには、それを飛び超えるそれなりの広がりをもった熱気と期待が求められていたけれど、あまりに遠かった。

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