近過去(near past) 奥浩平への手紙 (RED ARCHIVES 02) 単行本(ソフトカバー) – 2016/10/18 社会評論社
内容紹介
かれらとの出会いの火花が
Kの実存に光をあてる
愛と革命に青春の墓標をきざんだ奥浩平
個に死し類に生きた本多延嘉
『無知の涙』を贖罪の書とした永山則夫
奥浩平にオルグされて中核派に参加した横浜市大の同級生Kが、浩平に出会うまでの自分史とその後の闘い(10・8羽田、1・18東大闘争など)によって5年余の懲役刑に服していく獄中記を中心にした回想記。
「近過去(near past)」と名付けたのは私がこれまで経験した事柄が、死んだ過去でなく、現在もなお、肉体と精神の中に残り一部は生きていて、過去として消え去っていないからである。どきどきするような興奮や忘れようもない悲しみは近過去の中の一瞬の輝きでしかないのだが、それは渚のさざ波が足を洗うようにいつも私の中で生き続けている。(「プロローグ」より)
Kの実存に光をあてる
愛と革命に青春の墓標をきざんだ奥浩平
個に死し類に生きた本多延嘉
『無知の涙』を贖罪の書とした永山則夫
奥浩平にオルグされて中核派に参加した横浜市大の同級生Kが、浩平に出会うまでの自分史とその後の闘い(10・8羽田、1・18東大闘争など)によって5年余の懲役刑に服していく獄中記を中心にした回想記。
「近過去(near past)」と名付けたのは私がこれまで経験した事柄が、死んだ過去でなく、現在もなお、肉体と精神の中に残り一部は生きていて、過去として消え去っていないからである。どきどきするような興奮や忘れようもない悲しみは近過去の中の一瞬の輝きでしかないのだが、それは渚のさざ波が足を洗うようにいつも私の中で生き続けている。(「プロローグ」より)
【目次】
第Ⅰ部 君と話しておきたかったこと
第Ⅱ部 レクレイムが流れて
第Ⅱ部 レクレイムが流れて
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川口顕
1943年東京品川区に生まれる。都立小山台高校をへて横浜市立大学文理学部入学。1965年~1975年革共同全国委員会常任。その間約5年間は獄中。1979年組織を離脱。以後、20年間広告ディレクターを務める。
1943年東京品川区に生まれる。都立小山台高校をへて横浜市立大学文理学部入学。1965年~1975年革共同全国委員会常任。その間約5年間は獄中。1979年組織を離脱。以後、20年間広告ディレクターを務める。