No112 「週刊読売臨時増刊号」各党派インタビュー 中核派
[ブログ註]「謀略論の世界」について深めたいと思いつつ、行き悩んで時間が過ぎていきます。正直、私の手に負えない。
「閑話休題」の意も込めて、『野次馬雑記』から引用して、ひとまずは、少し幅を広げます。
当時の中核派の「11月決戦」論とはどんなものだったのか?
(その実態は?結果は?) 実は、このブログの究極の本題でもあるけれど、じっさいの課題ではない。以下引用。 … … … … … … … …
野次馬雑記(引用元)
1960年代後半から70年代前半の新聞や雑誌の記事などを基に、「あの時代」を振り返ります。また、「明大土曜会」の活動も紹介します。
No109で1969年11月13日号の「週刊読売」臨時増刊号について紹介したが、その中の各党派代表者へのインタビューを、党派ごとに抜粋して紹介する。
第1回目は中核派。
写真は友人のK氏が持っているマル学同中核派法大支部の「中核旗」。
K氏は反戦高協と行動を共にしていたので、68年後半から69年頃のものと思われる。赤旗に黒マジックで「中核」の文字。
時間が無い時は、このようにマジックで旗に文字を書いていた記憶があるが、街頭闘争で使ったものか?
… … … … … … … …
[ブログ註]改めて、当時の主張を読むと、改めて度肝を抜かれる思いがする。今回の「芝工大事件」「その謀略論の世界」、を検証するには…。ま、とにかく、読んで欲しい。歴史の大きな一齣だ。
(中略)は元のブログによる。
【勝利の展望は、機動隊の粉砕から】
週刊読売 1969.11.13臨時増刊号(引用)
[ブログ註] 今回の場合は「発行日」=発売日らしい。
『全学連中核派副委員長 林 信次(横浜国立大)
<まず70年安保を、どういうふうに、なんのために闘わなければならないか>
はっきりいえば、革命のために闘う。(中略)革命というものは帝国主義あるいは資本主義そのものの生み出す矛盾が人民の耐えられないところまできたときに、人民そのものが不満と怒りをその権力者に対して向けるときに起こる。
そういったものを社会主義の方向にいかに導いていくのかが問われるわけで、それをぼくらが、あるいは組織というものがになわなければならない。
この原則に基づいて安保粉砕の闘いを70年あるいは70年代においてやろうというわけだ。(中略)
<中核派の幹部としてあなたに聞きたいが、安保粉砕に追い込む見込みと、その時期について>
おそらくは、70年代の階級闘争というのは安保粉砕、日本帝国主義打倒を掲げて闘われるだろう。そして、その安保が粉砕できたら日本帝国主義は倒れる。
となると70年代の全闘争に新たな地平を切り開くであろう11月闘争のいかんにかかっているとしかいえない。
<すると11月の佐藤訪米阻止闘争が重要になってくるのか?>
(中略)10月非常時体制が敷かれている。(中略)全国十何万、東京で二万五千、防犯部、刑事部の私服刑事をすべて公安刑事として登用するというふうにして、われわれを押さえつけようとしている。(中略)
10月非常時体制、この新しい統治形態の過程を打ち破るかどうかによって、70年、あるいは70年代は決まるというふうに見ていいだろう。
そういった意味で11月佐藤訪米阻止闘争こそはきわめて歴史的な意味をもった決戦であると思う。(中略)
<民衆のエネルギーの爆発がなければ、革命は達成されないと思うが、具体的に中核派としてそれをどういうふうに動員していくのか?>
(中略)組織というのは目的を追求するけど、大衆は勝てないと思ったらやらない。いまの大学闘争についても若干いえると思うが、かって大学治安立法といえば1万人近い人数が東京だけでも集まっていた。
それが最近少なくなっている。それはなぜか。
機動隊万能主義というものにぼくらが十分にまだ打ち勝っていない。あんなに機動隊が出てはもう大学闘争に勝てないんじゃないか、ということが一つの問題になって伸び悩んでいる。
11月にぼくらが機動隊を一部において、できれば全部においても粉砕できるかのどうか、やはり国家権力の暴力と、われわれの暴力との対決になっている機構を知っておく必要があると思う。打ち破らなければ勝てはしない。(中略)
やはり機動隊をいかに粉砕できるか、しかもそれが機動隊粉砕の闘いと同時に、その方向性は沖縄奪還であり、安保粉砕、日帝打倒であることを全体にしみわたらせようということだ。
やっぱり大衆に勝つという展望を与えてやる必要がある。それはぼくらが一部分でも機動隊を粉砕すれば、大衆は「勝てるじゃないか」という気がする。
必ず後からついてくる。(中略)
[ブログ註] ウーン!「決戦前夜」の高揚感は伝わる。「わき目も振らず真っ向勝負」「武装闘争一直線」。「その頂点的戦い」
ただ、今回のテーマから見ると、「わき腹を衝く謀略」への配置は見えない。反戦(労働者)の決起の持つ意味も欠けている。ま、「中略」部分もあるが…。また、学生の任務と党の配置の違いかもしれない。
別な側面から言えば「前衛・ボルシェビズム・選ばれたる者がすべて」観も絶頂に。
たぶん私も東拘の中で読んだのだろうと思うが。
参考までに以下。
10.21国際反戦デー闘争 (1969年) - Wikipedia
1969年の 10.21国際反戦デー闘争 (10.21こくさいはんせんデーとうそう)は、 1969年 10月21日 に 東京都 新宿区 を中心に発生した 日本の新左翼 暴動 事件。 国際反戦デー にあたるこの日、新左翼各派は前年の国際反戦デー闘争(新宿騒乱)に続き大規
佐藤首相訪米阻止闘争 (さとうしゅしょうほうべいそしとうそう)は、 1969年 11月16日 - 17日に行われた 新左翼 による闘争・事件。 警察官487人、一般人65人を負傷させたほか、学生1人が死亡し、近代日本史上最大の2500人超の逮捕者を出し、

