カテゴリ:☆☆続『狂おしく悩ましく』 > 最近の動向

 【ブログ注】
 ①記事が乱れて読めないとの指摘。ほぼ原文のまま再投稿します。後日、本来の12月24日付けに移動します。
 ②X(ツイッター)が読めない人向け、慣れない人向けに、処理しています。共に11月時点での投稿です。(無断再投稿)


【7月提起ー8・28文書ー9・4事件のそれぞれの意味】
 …であれば7月提起を読んで「しかしマユミは『元気』だね〜、うちはレスで…」などとからかう態度を取り続けていた〇同志が自己批判しなければ「7月提起と8月28日文書は同じ」ということと整合性がつかないし、「8月28日文書くらい簡単になるまで痴話喧嘩だと思ってました」と言ってるも同然では?

 8月28日文書の最大の特徴は7月提起を女性同志2人に陳腐に扱われた恐怖からより広く共有するにあたって「誰でも理解できる事件」として極端に単純化したことにあり、何人もの政治局員や全国委員も「7月提起の抜き書き、同じ内容は7月提起にもある(から7月提起の検討は不要)」と言っているわけですが、彼・彼女らに伝わるようなレベルに7月提起を8月28日文書まで自ら貶めたことが私の決定的な失敗。  この8月28日文書を他人が振り回して女性差別男達も元気に石田を糾弾する展開に「ちょっと待って」をかけるため文書の撤回を申し出たら、取り囲まれて恫喝を受けたのが私が問題としている9月4日事件。
 7月の文書に書いたことを、8月28日文書で「事件」のようにまで大幅要約してようやく党は私が何かを訴えていることを認識して、一気に叩き潰しに走った。  私が吐きながら書いた7月文書を読んだ女性同志Mの感想は「ほっこりする」、Rは「赤裸々だね」…私が問題にしている「水準」はただこれです。

 沖縄米兵による少女暴行事件と闘い、デモ飛び入り参加者による強姦未遂事件と闘い、運動指導部による性暴力事件と闘い、党は女性差別「事件」と闘うことはできた。しかし女性に育児と家事を押し付けて男性活動家が活動に専念している現実や、女性の性的客体化などの日常的課題を切開できていなかった。
「家族ぐるみ」のぬるま湯のようなコミュニティと化した革命党が、個人・組織としての変革を拒否し、逆に女性解放闘争を叩き潰すための襲撃に走ったのが35全総。 自らと無関係な「事件」として開き直り「闘う」ことは容易い。

「人間として生きようとすれば革命の中にしか自己の生きる道を見いだしえないことを自覚し決起した女性が、革命運動と革命組織そのものの内部で、革命の名によって女性が差別され蔑視され、自らもまた、その中で敗北的意識に甘んじてきたことへの自己批判を踏まえた糾弾の開始によって、(略)

未来・第426号 五井洋子さんの投稿 

5面 投稿 五井洋子 未来・第426号(2025年11月20日発行)

http://miraikakukyodo.jp/mirai25426.htm

 全学連矢嶋委員長声明を読みました。非常に感銘をうけています。そして同時にかつて共に革共同に所属して党を作ってきた者として、私たちもまた責任を負っていることを踏まえなければなりません。

 性的関係の人間的再生と奪還は、女性解放の基底をなすものであり、またマルクスが言うようにその社会が人間的であるか否かを測る基準でもあります。

 矢嶋委員長は、差別が被差別者においても内面化することから、そのかかった靄を視界から取り除くことが必要であると自覚されています。そして連れ合いの石田さんへの差別糾弾と獲得に起ち、同時にこの闘いを党組織の差別的現実の変革をもめざす立場で貫こうとされました。全く正しい立場だと思います。

 差別への糾弾は、あくまでも糾弾者の主体的格闘を原点に進んでいくものです。
 そしてその共有を政治局と諸同志に求めたことは全く正しい事でした。それは、多忙な活動の中で強いられる「無家庭状態」をいかに克服していくのかという問いでもありました。
 革共同が長年念仏のように唱えてきた「家族問題の革命的解決」の空疎さが今さらながらあぶり出されたともいえるでしょう。性的関係、家族関係形成への格闘を放棄するのかという、連れ合いの石田さんに向けられた矢嶋さんの人間的な怒りと問いが原点でした。
 そしてそれにとどまらず、差別的現実の上に安穏と開き直る男性指導部、政治局への突きつけでもありました。

 ところがあろうことか政治局は糾弾主体当該である矢嶋委員長を無視し、彼女の頭越しに「石田反革命」規定をおこない、石田さんの除名・追放で事足れりとしました。自らが問われていることに頬かむりして開き直り、「正義の鉄槌を振りおろした者」として登場しようとしたのです。最もあくどいのは、矢嶋同志とその糾弾そのものをつぶそうとしたことです。

 こうして革共同は、政治局を筆頭とする組織内の女性差別を、時に政治主義的に利用もしながら温存してきました。野島、中野・・・性暴力・性差別加害者の名は枚挙にいとまがありません。党組織とその成員も、帝国主義の女性差別と無縁ではなく、絶えず自らを問い返さなければ腐敗の沼に転落していくほかはありません。


 政治局は、学生たちに差別襲撃を繰り返すに至っています。そして、この官僚組織は、常に政治局への無批判な追従者を作り出します。関西地方委員会の我が元同志たちもまた、「石田反革命」という無内容な旗印の下、学生たちに襲いかかり、相も変らぬ醜態をさらしています。どこまでも政治局と一緒に泥舟に乗って沈んでいくのでしょう。

 全学連の今回の決起は、ある日突然起こったのではなく4・28差別事件への当該を中心とする格闘、真摯な総括の過程をさらに一歩進めようとする主体的闘いの中で生じました。
 そこで形成されてきた女性解放・人間解放を目指す思いと確信はかけがえのないものです。それが政治局の欺瞞を見抜き批判し乗り越えるまでに至っています。私たちはこの階級的財産である矢嶋委員長と全学連の闘いを守りたいという思いでいっぱいです。

 革共同は、エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』を元に「女性解放理論」を創ってきました。
 しかし、女性差別の現実の中で、多くの女性が苦しみ起ち上がっていることには冷淡でした。
 大衆運動を「帝国主義打倒がない」「革命がない」となで切りし、そこから学ぼうとはしませんでした。

 例えば、あれほどの高揚をみたリブ運動は「便所からの解放」を掲げ、「母でも便所でもない私を生きる」という人間宣言ともいうべき内容で女性解放の新たな地平を切り開きました。
 優生保護法改悪阻止闘争の中で障がい者たちから批判された「『産む産まないは女が決める』というスローガンは障がい者差別だ」という問いにも、今から思えば不十分なところもありますが、必死に受け止め答えようとする立場を持っていました。しかし、革共同は女性たちの苦闘に無関心で悪罵を投げつけるだけでした。

 そもそも革共同は大衆運動に対しては、「党の同心円的拡大」論という利用主義でしか接近せず、革命の主体が大衆自身であるという根本を否定する傲慢な党至上主義、一種のエリート主義また代行主義に陥っていました。ここから統一戦線も自己利害だけに基づく極めて貧弱なものでした。

 「無謬の党」などはありえません。永い歴史をもつ差別を構造的に組みいれた差別社会である帝国主義国家の下で生きている以上、私たちは例外なく差別の影響を色濃く持っています。
 そして「革命を起こし帝国主義国家権力を打倒したら自動的に差別はなくなる」というのは嘘です。
 権力奪取は被差別者の解放の前提条件を作るものでしかなく、被差別者当該を先頭とした人類の長い闘いの全過程を経て初めて実現できるものでしょう。
 この時、被害者、被差別者の加害者への糾弾を軸としながら、加害者の獲得の闘いもまた重要です。
 全てを除名・追放的あり方で解決できないことであるからこそ、民間の心ある専門家たちが、加害者のケアをしその再生への道を支えているのです。
 性暴力事件の再発を防ぐ有効な方法として性教育とともに世界各国で実践されています。それでないと極端にいえば、人類の半分である男性のほとんどを抹殺しないといけなくなるでしょう。

 組織による権利停止等の一定の処分は必要な時があるかもしれません。しかし、核心は少なくとも反省の立場に立つ加害者の再生に、組織は自らも生み出した責任があるものとして同質の自己批判をして、関わり続けることではないでしょうか。
 

 
私たちもまた自らの組織で起こった性加害の加害者と党の自己批判の渦中にいます。被害者にいまだ謝罪できていない段階で公表はできません。しかし必ずや解決する覚悟です。

 今、高市政権の下で日本帝国主義はすさまじいスピードで侵略戦争に突き進んでいます。先日タイ人の少女が性奴隷として人身売買されたことが、本人の必死の助けを求める言動によって明るみに出ました。
 これが日本帝国主義とその下で蠢く日本人男性の性暴力の実態です。植民地人民を虫けらのように扱い、性奴隷としてほしいままに強姦する日本人男性のおぞましさは、戦前の皇軍と何ら変わりません。戦争と女性差別の嵐に抗し、階級性を守らなければなりません。
 矢嶋委員長と全学連の方々の闘いに心からの拍手を送ります。(11月8日、記)
  

 未来第418号

三里塚中止は中央派の横車に抗した反対同盟の選択
三里塚10.2現地集会の中止の原因は、中央派(中核派)による横暴へのやむにやまれぬ拒否の対応だったという事が「公に」なった。


0.関実 三里塚中止は中央派
 










































以上は関実・三里塚から ……… ……… ………

 その後も一貫して全学連の実力排除を名言

 三里塚闘争の長い歴史の中で、反対同盟は、「来るものは拒まず」を一貫して守り続けてきた。07年の中央派・関西派の分裂にも双方を受け入れた。他党派の「内内ゲバ」の最中でも、現地での暴力的対立を禁じて、支援の統一行動を要請してきた。  
 その「掟」を破った、中央派の暴走が三里塚闘争自体を聴きに追い込んだのだ。
 その後もことあるごとに、「石田反革命」が三里塚に参加することを”許さない””叩き出す”と明言し続けている。反対同盟は従来通り、諸団体の要請が有れば応じて参加・発言する姿勢だ。
 以下は『前進』の引用
 

10・20三里塚蜂起戦40年 反対同盟との血盟にかけ三里塚闘争 ...

2025年10月20日 · 石田反革命は革共同の内部から生み出された反革命であり、この反革命が三里塚闘争や動労千葉、11月労働者集会に介入することを阻止し粉砕することは、革共同の責任 …発行日: 


 さて、来たる26年元旦の反対同盟旗開き、どんなことになるのか?
 注目するしかない。中央派がどこまでも三里塚闘争を破壊しようとするのか?
 三里塚闘争を守る力がどこから発揮されるのか?

「石田反革命」を口実にした三里塚闘争破壊をやめよ - 正道 ...


その後も一貫して全学連の実力排除を公言

 三里塚闘争の長い歴史の中で、反対同盟は、「来るものは拒まず」を一貫して守り続けてきた。07年の中央派・関西派の分裂にも双方を受け入れた。他党派の「内内ゲバ」の最中でも、現地での暴力的対立を禁じて、支援の統一行動を要請してきた。  
 その「掟」を破った、中央派の暴走が三里塚闘争自体を聴きに追い込んだのだ。
 その後もことあるごとに、「石田反革命」が三里塚に参加することを”許さない””叩き出す”と明言し続けている。反対同盟は従来通り、諸団体の要請が有れば応じて参加・発言する姿勢だ。
 以下は『前進』の引用
 このような石田反革命が、三里塚闘争に介入することなど断じて認められない。
 
この三里塚闘争に、革命的女性解放闘争に敵対する石田一派のような反革命が入り込む余地は1ミリたりともない。
 この三里塚闘争と革共同の60年の血盟、共闘関係の中でつくり出してきたものと石田反革命とが絶対に相いれないことはあまりにも明白である。

10・20三里塚蜂起戦40年 反対同盟との血盟にかけ三里塚闘争 ...

2025年10月20日 · 石田反革命は革共同の内部から生み出された反革命であり、この反革命が三里塚闘争や動労千葉、11月労働者集会に介入することを阻止し粉砕することは、革共同の責任 …発行日: 


 さて、来たる26年元旦の反対同盟旗開き、どんなことになるのか?
 注目するしかない。中央派がどこまでも三里塚闘争を破壊しようとするのか?
 三里塚闘争を守る力がどこから発揮されるのか?

 

 今回は、フェミニズムが生まれ、この日本で台頭した私たち「70年世代」の女性たちの風景を1人の男の眼から振り返ってみた。人付き合いの鈍い私にも見えたりしたことども…
飛ばしてもらってもいい…
  

羽田・東大・日大闘争~70年代初期、あの時代の風景・世相

三里塚集会でのトイレの大行列
 「女は飯炊き」ーあまりに有名な女性たちの糾弾の時代の言葉。それはそれとして、三里塚現地集会でも「トイレの大行列」は隠された大問題だった。
 数千人の集会が、反対同盟農民の農地で開かれる。当然、反対同盟=現闘は仮設の「便所」を作り上げた。穴を掘り、蓆で囲い…。でも男女合わせて各3つ?4つ?長い長ーい大行列が伸びた。
 そんなこんなを男女で入り混じって本社内で語り合ったのは、それから10年もしてのこと。
 「オトコは何とか立ちションできたけど、女はどうだった?」「辛かった!」。「で?」「あたしは野ションした」。「えっー」
 「山に入り込んで、やった」。「えっー」。「小さな小山に灌木が生えてるでしょ?草も茂っている」
 「うん、千葉だから『山じゃないヤマ』だけど。ゲー!あそこで?」「で、どうだった?」
 「うん、気持ちよかった~。立ちションの味を知った!」。とは言え。
 
 対革マル戦争での「解散戦争」も、時には2時間もかけて、最後は千葉の山の中で解散したこともあった。多くの人はもう膀胱が満タン。その上、街頭もないような暗い山道で突然「サン!(解散)」。知らない土地を駅らしい方向に走る。「痴漢」の恐怖に襲われながら、女性たちは男たちの数倍の恐怖感に襲われながら、さまよった。「漏れる、漏らした」な…どの話は男女の会話には上らなかった。「聞いてはいけない領域」、「タブー…」
 能登地震の被災者に「生理用品を配ろう」という提起、ガザの女性たちに生理用品を、という提案も、つい最近の気がする。
 政治局派のX(ツイッター)では、全学連派の「アウティング」という批判に反発して(切り返して)、「じゃあ、沖縄の少女暴行事件の公表と世論喚起はどうなんだ!」というのが出た。赤嶺元委員長が「沖縄では最低限必要な彼女への防御をしている」という反批判。政治局派は逃げた。

②ジャズとサイケとジュリー
 私たちの時代、学生運動にはまる人たちは、ロックやジャズこそ正統、と思い込んでいた?
 ツイストが流行ったのは70年代前半までだろうか? 活動の傍ら、自治会やサークルでスケートや踊りにも行く。すし屋で酒を飲んで「オトナになった気がした」。女性たちには「ジュリー!」と叫ぶ活動家も多くいた。
 新宿地下でのフォークゲリラも同じ流れか?。

③恨み節
 教師や工場、公務員になる人たちが次々に生まれた。ある女性は、新入社員歓迎のコンパ=飲み会で「恨み節」や「夢は夜開く」を歌ったと言う。「昨日マーボウ、今日トミー、明日はジョウージかケンボウか」。「夜な夜な別の男と?」先輩や年配のおじさんたちは目を白黒させたことだろう?
 演歌からも新しいものが… 

④暗がりや居酒屋でキス
 
「▲△で〇〇さんがキスをしていた」。仲間が私の寮の部屋に゙飛び込んで来た。
 ◯◯や居酒屋で「オトナになった、大人の世界に仲間入りした」人も少なくない?

同棲時代
 
ある時物理の同級生の男女が自転車の2人乗りで登校してきた。それが毎日の風景になる。
 「同棲してるんだ」。ま、物理学科には3浪・4浪の猛者もいた。現役入学の私には「人生経験の差」を感じさせる人も多い。そしてあそこでも、ここでも「同棲」が生まれてくる。

 大信田礼子 / 同棲時代 - YouTube

 同棲時代 (1973)大信田礼子--------------------------
  【同棲時代】#

昭和のQチャンネル・同棲時代・その3・沢田研二・タケハルと一緒に観ませんか
19:52
昭和のQチャンネル・同棲時代・その3・沢田研二・タケハルと一緒に観ませんか
視聴回数: 5826 回9 か月前
YouTube昭和のQチャンネル

同棲時代 - Wikipedia

『同棲時代』(どうせいじだい)は、 上村一夫 により 双葉社 『漫画アクション』において、1972年3月2日号から1973年11月8日号まで80回連載された 漫画。


就職差別 「埼玉県では自治会役員への就職差別が横行している」。民青全学連の「祖国と学問のために」が書いている。自治委員=クラス委員になった人たちの名簿が採用側に出回る。
 じっさい、私の知る女性も家からはるかに遠い市に「ここからは出さないぞ」という条件付を飲む形で初めて採用された。新左翼・民青を問わずだ。
 活動家だけでなく「寮生・下宿生も゙同様か準ずる」という。
 こんな情報=問題提起はさすがに民青=共産党しかできない。民青情報は世間を知るためにも必要不可欠だ。
 ではなぜ寮生・下宿生もなのか?
 正確には同じ下宿でも「賄い付きで無い下宿」らしい。「親御さんに任されたおばさん」がいない下宿。後にはアパートや長屋の住人ということになる。

 「親の監視がない」。

 下宿生活は、確かに左翼活動には好条件ではある。

 地域保守の女性観
 けれども保守の世界ではそれ以上に寮生や下宿する女子学生への不信の念がある。
 …「婦人の貞操」「キズモノの女性」に地域の保守は「アカ・共産党」以上に鋭敏だ。
 地域の保守にとっては、「キズモノの女性が生まれる」ことこそが、身近で深刻な問題だったのらしい。
 「親御さんに預かった娘たちをキズモノにしない」
 そして教育委員会やPTAは「キズモノの女教師に子どもたちを任せられるか?!」とタッグを組む。
 新しく教育短大を作り、地元出身の女子短大生を優先的に採用する。

 埼玉大学の教育学部の女性たちは県内出身者が多い。そしてひとまずは県内採用を望む。しかしそんな風潮で、都内に逃げ、あるいは当時は活動家にももっとおおらかだった横浜に逃げる。

 民青には「婦人問題研究会」(婦問研)ほかが運動としてもあった。
 けれども新左翼にはそんなものはない。😂
 新左翼系の一部の女性たちは民青の婦問研に入る。他の一部は自分たちで細々と会を作っていたらしい。


「婦人の自立」
 
こんな言葉を初めて知ったのは高校2年生の時だった。
 同じ前橋市の女子高の新聞会が編集した記事が回ってきた。
 「自立したい」「職に就いて社会で生きたい」「そのための結婚社会は?」。
 そこには働く女性の比率やその実像も描かれていた。
 進学し、就職するのは当たり前の男子高校生にとって、初めて異世界を垣間見た。
 ただ、「死闘の7か月」の時期には、そんなことは忘れていた。

 東大闘争の頃か?その筆者と喫茶店で会ったが、彼女は民青になっていた。「自立して生きる」ためには新左翼系ではダメだったらしい。「オトコ中核」の時代だ。
 後日の田島論文でも「働く女性」の統計が示されていたが、あまりにも数字が違う。田島論文では自営業や農家の主婦が外されていたようだ。たぶん同じ共産党系の統計なのだろうが、「婦人労働者」の流れで、読み替えたのだろう。「付け焼刃、下らねえ」

⑧便所からの解放、リブ派の衝撃
 リブ運動…これが今回の最大のテーマなのだけれど、ここでは略。
 「女性であるが故の『息苦しさ』『生き難さ』」へのどうしようもない不感症。
 「自立し解放を求める女性たち」への男たちの「性のはけ口」観。「誰とも話す女性」「開放的な女性」「奔放な女性」に投げつけられたのが「共同便所」という悪罵・欲情からの言葉だった。
 神奈川反戦での女性たちによる糾弾の集会でも、言葉としてはその頃私も読みふけっていたリブ系の糾弾の言葉が延々と続いた。
 リブは、そんなことどもをくり返し、いろんな角度から叩きつけていた。
 「セックスが目的で、オンナを見ていない」
 「お前は女を視姦している」「ウーン、そう言われればそうだけど、じゃあ、どうすればいい?」
 「そんなの自分で考えろ!」

⑨女子学生たちの憤激
 運動の中心は、生活を投げうてる男たち。サークルの中心も男たち。有能な女性も指導部に入れない。いや、女性の問題意識やそのあり様を、ハナから排除している。
 67年、埼大の全学自治委員総会。副議長は教育学部民青の女性だった。わが中核派の対案や諸動議をバッサバッサと切り捨てる。党派性丸出しでアタマに来た。
 だがその切れの良さに゙は感嘆した。負けた後で「タマちゃんカッコ良かったな〜」「え~っ、敵を褒めたらまずいジャン!」


 … … … … … …
(注)ここからは少し長く、ややこしい議論か続きます
。飛ばしたほうが
⑩『女嫌いな男たち』

 最近読んだ上野千鶴子さんの本のタイトルには「ン?」だった。
 「最近、レス=セックスレスとかの話題もあるけど?」「異性愛への拒絶?」???
 いや、そうではないらしい。「異性愛」の「普通の」男たちのことだという。
 ひとまずは「女好きのヒヒ爺、森喜朗」みたいなやつ。けれどももっと本命は、「紳士的」だが女性との日常的な付き合いができないやつ、を指すらしい。「男社会での評価」を価値観の基準とする立ち振る舞い。付け足しとしての大の「女好き」。
 そして「名誉男性」の概念の誕生。

 あえて言えば、私自身も物事を考えたり感じたりするときには、「半ば意識的に」この基準を脇に携える。会社であれ、組織であれ、この基準からあまりに外れれば、排除され、転落するのは必至だ。
 それは「本社対現場」との感覚にも似ているが、少し違う。「あまりにも子ども過ぎる」男社会の「常識」
 「育メン」男性の姿が珍しくない時代にはなった。微笑ましくもありうらやましくもある。その背後には一人ひとり、企業や同僚との計り知れない苦闘の痕もありそうだ。「イクメン宣言」には、周囲を変えることが不可欠だ。男同士の会話や付き合いでも、ずいぶんと…
「育メンパパの会」の誕生まで行くととりあえず一休み?

 「やっぱりあんたもおんなじオトコ」「多少わかってはいても、大差ない」
 で、こんな形で「女嫌い」と言われ続けるのは人生としてもったいない、と思う。本物の「異性愛」「女好き」でありたいと切望する。

⑪時代について
 この頃盛り上がっていた「主婦願望」批判、嫌悪感が重要な要素であった、という話もある。
 そして何よりも、「日に日に豊かになる高度成長」もあった。
 「3種の神器」と呼ばれる家電時代は「家事」をずいぶんと楽にしてくれた。朝晩、水汲みに追われる生活から、多くの人が解放された。洗濯が楽になった。中学・高校時代はそんな変化の日々だった。それらは色んな批判や批評の題材ではあるが、それはそれ。

⑫時代⓶ そして生協

 進学率も上がり、「金の卵」と言われた中卒採用から、高卒・大学・短大進学も急速に増えた。ついついミンナ大学進学したような錯覚にも襲われる。そして私たちは「戦争を知らない子供たち」の初代に近い。ウーマンリブやフェミニズムの初期の世代は私たち47年生まれよりも少し年上の戦中派だ。
  ……… ……… ………
⑫あるテーゼ
 「時代の反動が色んなうねりや運動を引き起こす」という古いテーゼはここでもあてはまらない。
 社会全体の活性化が私達の活性化の土壌にあったことは否定できない。この辺はむしろ、トロツキーが好きだ。
 少し遅れて「豊かさとは何か」が問われた。「安い」を売りにした生協運動に代わり「少しは高くても安全な食品を」と、新しい新左翼系・市民運動系の生協運動が台頭した。

  アイスランドの映画「女性の休日(スト)」を見ても思うのは、「中産階級」が大量に生まれたという時代背景とも関係しそうだ。そして地域の「保守派」との交流。「活力ある社会」こそ、社会変革の基礎なのだとつくづく思う。ただそれは画一的・計画的統一性として現れるものではない。

 新左翼系も含めて、生協運動の活発な動きは実に大きなものだったらしい。
 私自身は、東大阪選挙への動員で初めて知った。公務員住宅郵政宿舎、「文化住宅」で女性たちが応対してくれる。その人たちが同時に生協の「活動家」でもあった。数人の利用者たちでポストを作り、生協の配送者から荷物を受け取り、配布する。注文も同じ。すべて自前の体制だ。ある人は当番になるとパートを休んでひたすら専念するという。そしてその人たちがまた、PTAや地域活動に参加していく。年に一度は広島行動に参加する。この時代、「労働運動」だけではない。

……… ……… ………
 では、今の時代はどうなのか? 
 難しい問題だ。ただ、ある地域、ある世代、ある社会層にとって、あるテーマでの活力が高まり、新たなうねりのベースにはなり得ると思う。その一つの可能性を「新たな全学連」は秘めているのではないか?過去、せっかくのシールズの安保関連法との闘いの創生に反発して、足を引っ張った中核派とも決別して、新鮮な感性で社会と向き合って欲しい。

 時代の「閉塞感」が「失われた数十年」の間にいっそう深刻化し、「孤立」への恐怖や「指示待ち世代」を生み出しているという。それは左翼にとっても共通すると思う。むしろ、「上意下達」の組織や「正しいことを言え」というあり方の中でいっそう醸成される。(スターリン主義あるいは「きわめて日本的な建前と権威主義」)

⑬「違和感」
「不条理」「息苦しさ」を掘り起こし、一つ一つ検証していきたい。「個人的なことは社会的なこと」ではあるが、「個人的なこと」を直ちに「既成の社会批判」に飛躍することは避けたい。「個人的なこと」を「より多様な側面から・多様な場面から」想像することは「実存」という言葉でも言い表せられる。

⑭ボーボワールと実存主義 女性解放論の一つの原典ともされるボーボワールの「第2の性」は実存主義の書でもある。
 「先行する諸形態」も「国家の起源」もダーウィンの進化論の発表に大いに励まされ、取り込んで、書かれたという。ダーウィン学派の後継者たちが、「進化論」の発展を推し進める中で、「進化論」の個々の結論や叙述は大幅に書き換えることを必要とされていると聞く。NHK「ダーウィンが来た」を見ると、50年前の常識ですら今や常識外れだということをつくづく実感させる。
 道具を作るサル、言葉を駆使するトリ、愛情を豊かに持つ個体差。

 「カタカナ言葉を使うな」と叫んだという政治局派の人びと。ま、私も都知事や首相のカタカナ言葉好きには同じ言葉を言いたくなる。ただ同じように「マルクスやレーニンの言葉にしがみつくな」と思う。
 ドイツ語やロシア語に堪能で、それぞれの国の社会や党の歴史を読める人なら話は別かもしれないが、でなければ、「自分の言葉で語れ」。
 ソ連崩壊後に膨大な資料集が売りに出された。レーニンの時期〃〃の資料はその気になれば手に入るだろう。同じ訓詁学を語るなら、その程度の研究に人と時間と金を使ったらどうか?
 実存、生活者その他、左翼が捨て去った言葉?が懐かしい。
 必要な場面では、それにピッタリなカタカナ語を使おう。
 



 


 私事などにより、動きに全く追いつけていない。
 私の混乱の一つの理由は、「タイムラグ」だ。

テロリズムの勝利? 
 「中核派で✖✖」のニュースはけっこう早くから友人たちから届いた。
 『前進』紙上で「石田反革命」を弾劾する政治局声明と、それぞれけっこう長いいくつかの記事が出され、すべてを読み切ろうとするうちに、頭と気持ちが疲れてしまった。「石田作戦memo」も読んだ。X(ツイッター)も読めるようにした。

 だいぶ遅れて矢嶋さんの弾劾声明が出されたころには、政治局派の発信するゴミの山に埋もれて、苦闘していた。矢嶋声明を流し読みしながら、政治局派との対比や時系列を整理しながら、頭の中には双方を「公平に理解しよう」としていた。
 しかし実際には「公平さ」を求めることこそが最大の難点・迷い道への道筋だった。

 その意味で政治局派による全学連の学生の排除と、前進社からも即刻たたき出した集団的暴力行為は、(こと私に関する限り)見事に功を奏した、と言えそうだ。2000年代に入って以来、3つの?「党内テロ」とゲリラ以降、(中野氏の存在に規定され)封印されてきた中央派のテロは確かに実効性をもって発動されたと言えそうだ。「テロリズム万歳!!!」
    ……… ……… ……… 
政治局派のレベル
 それはそれとして、「女性解放」に対する「政治局派のレベルの低さ」には驚くしかない。
 はっきり言えば「関西・蜂起者」の女性達も、ここでは同じ。

 私は話題の前橋市出身だ。私が前橋市民なら、ほぼ無条件に新人女性市長に「肩入れ」したいと思っていた。保守が圧倒的な議会に対抗して、立ち上がって勝った人だ。

 世間は「何かというとセクハラだとか何とか云っ少数派・ニューフェイスを落とし込める風潮」に顔をしかめる人たちがいる。実際には入り組んだ話だが、その風潮に準ずるような「断固たる反差別」に簡単に迷い込んだ人たちは確かにいる。デマや曲解に、簡単に乗った人たち(政治局派=35全総派=中央派)の姿が見える。 

 とはいえ、政治局派の言動には、昨今、世間的にはようやく力を得てきた「差別」「家庭内暴力」「男の育休」「男社会への異議申し立て」などの概念や「新常識」への無知と嫌悪が見透かされてくる。
 「アウティング」ほかの「カタカナ言葉を使うな」…。「名誉男性」とは何だ!「フェミニズム」へのむき出しの憎悪が堂々と語られる。ま、「自分の言葉」でなくても良いから、せめて日常的・常識的レベルまで「アップデート」したいものだ。

 

女性の休日の上映スケジュール・映画情報|映画の …

2025年10月25日 · 1975年10月24日、アイスランド全女性の90%が仕事や家事を一斉に休んだ前代未聞のムーブメント“女性の休日”のドキュメンタ …


  

10・12三里塚現地集会の中止の翌週の『前進』記事です。

10・20三里塚蜂起戦40年 反対同盟との血盟にかけ三里塚闘争勝利まで闘う 革命的共産主義者同盟   発行日:  

 …【前略】高市反革命の登場、中国侵略戦争への突入という決定的情勢を迎えている。この時にわが革共同の内部から石田反革命を生みだしたこと、それにより三里塚芝山連合空港反対同盟に「10・12全国集会中止」という「苦渋の決断」をさせることになってしまったことについて、革共同は、反対同盟ならびに三里塚闘争を闘うすべての人々に謝罪します。そして石田反革命を完全に打倒し、反対同盟との血盟にかけて三里塚闘争の勝利=日帝打倒の革命の勝利まで闘いぬく決意をあらためて固めたい。

  
このような石田反革命が、三里塚闘争に介入することなど断じて認められない。(…略)

 三里塚闘争は革命的女性解放闘争の結集軸となってきた。大木よねさん、婦人行動隊の闘いは、農村で抑圧されてきた女性たちが、文字どおり政治と暴力を奪還し、国家権力・機動隊に真正面から実力闘争を挑んだ闘いだった。この闘いに多くの女性労働者・学生・人民が感動し、三里塚闘争に自らの解放をかけて結集し闘った。この三里塚闘争に、革命的女性解放闘争に敵対する石田一派のような反革命が入り込む余地は1ミリたりともない

【ブログ注】  どう読んでも、現地闘争はもちろん、裁判闘争も含めて暴力的衝突の予告だ。「闘う人民結集の砦=三里塚」を抹殺しても「石田反革命」=全学連への襲撃を貫徹する、という以外に読めな



11月労働者集会の結末
   中央派が年に一度の中央総決起=根こそぎ動員を図ってきた「11・2労働者集会」は1250人の参加と公表された。
 昨年(「3000人」という概数のみ)に比べても大幅減だ。
 形式としても、「3労組共闘」が破綻し、また全学連の若者たちを排除して無味乾燥なものになった。
 全学連は、第1回に続いてその後の集会実行委員会からも排除?
 当日の「11・2」にまとまって出席しようとしたが、会場入り口で、「主催者(=動労千葉のこと?)の要請で参加をお断り」と拒否されて、大人しく引き下がったという。
 3労組共闘の破綻についてはについては略。

 

2025年 11.2全国労働者総決起集会/改憲・戦争阻止!1万 ...

2025年9月30日 · 集会へのご参加・ご協力ありがとうございました。 11月3日、日比谷野外大音楽堂に3000人が集まり集会・デモを行いました報告集が完成しました戦争を止め、社会を変 




  1. 写真速報】11・2全国労働者総決起集会 中国侵略戦争阻止 ...

    11・2全国労働者総決起集会&改憲・戦争阻止! 1万人大行進が11月2日、東京・芝公園に2150人を結集して闘い取られ、中国侵略戦争阻止―高市政権打倒へ号砲を上げた。



    余禄】更新が止まっているもの
    『国際労働運動』 (zenshin.org)

    1. 矢嶋全学連の資料集 発行     
      模索舎
      @mosakusha
      【模索舎新入荷】 『9
      1. ・6蜂起関連資料集』(発行=全日本学生自治会総連合(矢嶋委員長))入荷しました。(E)https://mosakusha.com/?p=12477


        ……… ……… ………
        相次ぐ閉鎖や廃刊

        ★①前進チャンネル
        前進チャンネルは9年1日の記事(ユーチューブ)を最後に閉鎖さ
        れた。政治局側の確保していたアカウントらしい。
      2. 全て記事が過去も含めて見られなくなった。9月6,7日頃。
        なお、外部の他者がコピーしてアップしているものは一部ある。
        前進チャンネル - 検索
    2. ★出版物
      出版最前線 - Enpedia (rxy.jp)関連
      『国際労働運動』


        1. 概要[編集]

          2015年3月に設立された出版社。2011年11月に「新自由主義と対決する総合雑誌」として創刊された雑誌『序局』を、2015年5月の第9号から「有限会社アール企画」に替わって発行している。

          「設立のご挨拶とお願い」では、「『序局』の精神と実績を土台として、ロシア革命から100年、第2次世界大戦から70年という世界史の転機において、自己解放を求めてやまず、生きかつ闘う労働者階級人民とともに最前線で出版活動を担います」、「労働者階級人民の実践に依拠し、マルクス主義の思想と理論を復権し、時代と対決する武器となる単行本…(略)…を企画しております」として、マルクス主義の立場にあることを明らかにしている[1]

          所在地は東京都港区新橋2-8-16 石田ビル4F[2]。かつて『序局』の発行元だった「有限会社アール企画」と同じビルの同じ階にある。

          『序局』[編集]

          中核派は、定期刊行物として前進社から『前進』『共産主義者』、出版最前線から『序局』『国際労働運動』を出版している[3]

          『序局』は、破防法研究会が編集、出版最前線が発行、星雲社が発売している年3回刊の雑誌。2011年11月の創刊号から2015年1月の第8号までアール企画が発行。2014年まで年2回刊。

          1969年に創刊され1992年に廃刊した『破防法研究』の後継誌にあたり、「新自由主義と対決し、世界を根底的に変革する理論的武器」(葉山岳夫弁護士の巻頭言)を目指してスタートを宣言した[4]

          『国際労働運動』[編集]

          『国際労働運動』は、「星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議」が編集、出版最前線が発行、星雲社が発売している月刊誌。

          1974年に『武装』(革命的共産主義者同盟全国委員会編、発行:前進社)として創刊され、1993年11月に『コミューン』(編集・発行:前進社)、2009年3月に『国際労働運動』(発行:前進社)に改題した。リニューアル化した2015年10月の v. 1から国際労働運動研究会が編集、出版最前線が発行、星雲社が発売している。2017年4月の v. 20から「星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議」が編集している。

          武田崇元曰く、vol.17『トランプ情勢とアメリカ革命』は、「米左派系労組と繋がる革共同シンクタンク?ならではの分析。…(略)…オバマ大好きリベラル、トランプ大好き陰謀論の底浅とは真逆の知的読み物としても面白い」とのこと[5]

【ブログ注】たたかうあるみさんが経緯をまとめてくれている。

 22:55

全学連・矢嶋委員長の提起を受け止め、革共同政治局を弾劾しよう!

 革命的共産主義者同盟全国委員会(いわゆる「中核派」)が、9月に分裂した。党内の差別問題についての根源的な問いかけに答えることができず、逆に声をあげた「全学連」を党から追い出したのである。
 全学連・矢嶋委員長の弾劾正明
35全総を前後する革共同政治局・全国委員による女性差別襲撃への弾劾声明 2025年9月21日
 この声明によれば、長い「全学連」の歴史の中で初の女性委員長となった矢嶋 尋さんが、自分の「つれあい」…当然、いっしょに家庭生活を送っている…でもあり学生戦線を指導するSOB(政治局員)の石田氏に対して「政治と生活の両面における女性差別的ふるまいを批判する文書」(弾劾声明より)を提出したことから始まる。なお「女性差別的ふるまい」ではあるが、矢嶋氏も「拒絶の意思表示を無視した文字通りの暴力的・強制的「性暴力」や、私との関係が始まって以降の時期に不倫されたという事実はなく、石田に対する糾弾の中でもそのように「被害」を主張したことはありません」と書いているように、あからさまな性暴力やセクハラ・破廉恥行為が行われたわけではない。とりあえず、弾劾声明には、このように書かれている。
 今年の7月中旬、私は夫への批判を通して、個人にあらわれた組織・運動内における女性差別的なあり方の変革を迫る問題提起を行いました。具体的には、家庭領域を「忙しいから仕方ない」という論理でないがしろにしてきたことへの怒り、17年前の女性との関係(女性側の離婚が成立していない段階での交際)を第三者から聞いて知ったことへの怒り、さらに「グルーミング」や「性的同意」の概念と実態を学ぶ中で湧き上がった問題意識がありました。それはこの社会で生きる限り、恋愛/夫婦関係に〈性暴力〉性がはらまれることから逃れられないことについて、私たちがいかに考えるべきかを問うものでもありました。
 このような根源的な問いを、夫である石田氏と同時に、党・政治局につきつけたのである。「家庭領域」の話だから、家庭内で解決せよ!というわけにはいかない…プロレタリアートの解放、女性の解放を掲げる「共産主義者」の党として、この問題をどう考えるのですか?ということが問われたわけである。ある意味「分かりやすい」強制性交・性暴力やあからさまなセクハラをしたヤツを糾弾し、自己批判させることよりも難しい課題であろう。
 石田氏はこの過程で自己批判の作業をすすめ、矢嶋氏も「私の要請に関係者が応じる形で私個人としては彼の転換・変革を「承認」できるところまで到達してきていました。」と書いているよう、一定のところまで自己批判は進んでいたのである。ところが革共同中央の政治局は、この問題をまともに取り扱うことができず、ただただ石田氏が悪いと「悪魔化」し、ぐっちょんぐっちょんにすることで”解決”しようとした。それは「8・31政治局決定」の中に「(矢嶋)同志への4年以上ものおぞましい性暴力、女性差別」という文言で表されている。

(略)続きは以下から

全学連・矢嶋委員長の提起を受け止め、革共同政治局を弾劾しよう!

【ブログ注】
 あるみさんの紹介は当該ページからどうぞ。
 私自身は一時期、「筆者は女性?」と思い込んでいた。
 ある集会で受付の女性に「彼女は…」と言いかけたら、「あるみさんは男性ですよ」と訂正された。「えっー?」と驚くと、「まあそうですね。鉄道娘とか面白い記事も色々書いていますからね」
 「えっー。男? 今後は気持ちを入れ変えなけりゃいけないな!」などと話していると、そばで聞いていた男性が
「オトコでもオンナでも関係ないでしょ」と非難めいて…。
 受付女性が「そりゃあ、女か男かでは全然違いますよね」と助け船。
 非難した男性は渋い顔をして引っ込んだ。は、は、は

 のちに三里塚現地集会でボランティアのようなカメラマンに出会った。
「いまどきニコン?大昔みたいに?」「いや、ニコンでも電子カメラですよ」
 後で思い出したらあれがあるみさんだったに違いない。

 だいぶ遅れました。『未来』では続いて企画が山盛りです。ぜひ開いてみてください。

ここではタイトルの記事を。

未来・第423号

 

1面

革共同全国委が分裂 清水・秋月体制崩壊
矢嶋尋全学連委員長声明 断固支持
政治局派の襲撃許さず学生運動守れ

未来第423号目次(2025年10月2日発行)

 

【ブログ注】 分裂に関する直接の部分は⑴と⑶。

⑵は「06年3・14決起」以来の再建協と中央派の対立と中央派の惨状を要約している。

段落はほぼ読点ごとに当ブログで付けた。

 

(1)9月初旬、革共同全国委(機関紙『前進』)が分裂した。開催された革共同第35回全国委員会総会で、石田真弓政治局員・中央学生組織委員会(SOB)議長を「石田反革命」と規定し除名。前進社に居住する学生戦線の20人を、「1人残らずたたき出した」と公表した。

昨年来3労組共闘の代表的人格の1人=OZの女性差別事件を解決できず、抑圧・隠ぺいしたことへの自己批判が8月末に大衆団体の全国総会で表明され、抑圧した関西幹部2人の除名も報じられた。そして8月過程で石田政治局員の女性差別が告発されたが、この問題を組織的に解決するのではなく、「石田反革命、私党化」として35全総で除名した。

これに対し9月21日、矢嶋尋全学連委員長の「35全総を前後する革共同政治局・全国委員による女性差別襲撃への弾劾声明」が出された。

同声明は石田政治局員のつれあいであり、石田女性差別の告発者である矢嶋委員長が、つれあいの女性差別を組織的に解決しようと政治局に提案したものが正しく扱われず、その一部を印象操作され「石田は差別者、反革命、私党化」と断罪され、35全総で激突したとある。

革共同政治局は告発者である矢嶋委員長を政治局の言いなりになる「模範的告発者」にしようとしたができず、政治局自身の女性差別が問題となることを恐れ、石田政治局員を「石田反革命」と規定し除名し、矢嶋委員長ら20人の学生を生活拠点である前進社本社から追放したのである。

 

 (2)この2つの声明(政治局に追随する各種声明も含む)を読了した時、我々は06年3・14決起から07年11月末に至る過程の、我々関西地方委VS政治局・中央派の激しい闘いを想起した。

一度は我々の3・14決起(当時の関西議長の組織運営と金銭腐敗を断罪、関西の圧倒的多数が支持)を承認したかに見えた政治局は、自己批判した清水丈夫議長・天田書記長と、「俺は自己批判しない」と居直った中野洋副議長が、「3年で覆す」と手練手管を練り、07年11月の関西党員総会に全国委員会をぶつけ、関西の指導部を除名した。

われわれはこの中央の陰謀を見抜き、事務所拠点と正当な地方委員会を継承・維持した。08年1月には『11月関西党員総会報告』と新たな機関紙を発行し、革共同中央と決別した。

それから20年弱。「労働運動路線」なるもので党を壟断した中野らは、7・7自己批判を否定し広島差別事件を惹起し、中野の手先=大原政治局員・労対部長は女性差別で除名。

更に本社女性差別事件で天田書記長ら清水を除く全政治局員が解任された(中野は10年に死亡)。さらに「労働運動」を巡るジグザグで、15年7回大会の「党の労働組合」路線を19年26全総で全面否定した。

正しくも真っ先に7回大会路線に異を唱えた東北地方委指導部(EL5)を除名し、東北地方は失陥した。24年には3労組共闘の人格的代表OZの女性差別事件で、3労組共闘をみずから破壊した。

そして今回ここ数年、運動全体の突撃隊的役割を担ってきた全学連委員長らを排除し、革共同全国委の全面的最終的破産が暴露された。

5年前に浮上した清水丈夫議長は何事もなしえず辞任し、清水―秋月体制は崩壊したのだ。 既に20年近くになるとはいえ、たび重なる路線転換、政治局員除名の乱発、女性差別事件の頻発は、同じ組織にいたことを恥じるばかりだ。この中で我々は自己の党の唯一絶対路線をとらず、安保・沖縄、反原発、労働運動、差別・排外主義との闘い、国際連帯の闘いの戦闘的共同闘争に全力を注いできた。更に今年3月には「本多延嘉追悼50年の集い」を全国の仲間とともに開催し、革共同の旗を守った。

 

 (3)矢嶋委員長を先頭とする学生の決起に、我々は18年半前のことを昨日のことのように思いうかべ、苦難が予想される今後に心からのエールを送る。

あなたたちの行動は戦争と貧困と排外主義と組織的抑圧と闘う全国・全世界の人々に限りない勇気を与えるだろう。われわれが1年半かかった政治局・中央との対決を、わずか1カ月で決断し蜂起した胆力をうらやむばかりだ。

この決起は、マルクスの思想的営為とレーニンの革命的実践を継ぐ革命的共産主義者として全世界を獲得せずにはおかない。まさに「未来は青年のものである」。

ただ1点、声明の中にある「中野洋賛美」だけは認められない。しかし我々の決起の時、あなた方はまだ小学生ほどで、その責任を問おうとは思わない。

いずれ戦闘的討論が始まるなら知らない事実も含め革共同の総括を深め、新しい共産主義運動・社会主義運動の実践の中で止揚していきたい。

ただ石田真弓政治局員は、EL5問題は当事者であるはずで、学生指導部時代と今回の女性差別問題はしっかりとした総括が求められる。

また「中核全学連」の運動が革共同を主語とした同心円的拡大運動で、政治局を助けたことの総括も必要だろう。

いずれにしろ、今秋闘争の過程であなた方は背後からの襲撃をはね返し、大きく歩みを始めると確信する。関西を中心とする「革共同再建協議会=未来派」ではあるが、首都圏でも全国でも中国侵略戦争反対、沖縄を再び戦場にするな! を闘争環とし、安保・沖縄・基地との闘い、反原発、差別・排外主義との闘いの中で相まみえることを望みたい。

 未来は青年のものである。ともに闘おう。

2025年9月23日 革命的共産主義者同盟再建協議会

全学連矢嶋委員長の声明はhttps://zengakuren.jp/で検索可


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【ブログ注】
 
 私事により事態の進行に追いつけていません。技術上の問題もあります。X(Twitter)やSNSを駆使する人々の発信を私たち世代にも伝えようとすると、色んな罠と袋小路にはまり込む。そして、「短い言葉を呟く」その「真意」を読み解くにはまだまだ…。
  過去に発信した記事を補足するには、(私なりの規範を破って)当該の記事に追加することで対応しようかと思います。追加の場合は「お知らせ」のカテゴリーで新しい記事で公表します。
 よろしくお願いいたします。(白土=湯本拝)

 ただし、「35全総激震」に絞ります。

「マル学同」名義のブログが新たに立ち上げられ、そこでの「作戦memo」が話題を呼んでいる。
マルクス主義学生同盟・中核派(MSL)
自身の性加害を居直り、自己保身のための組織破壊に手を染めた石田真弓を許さない|マルクス主義学生同盟

 【0】丁寧で落ち着いた議論を
 今回の一連の事態は実に大きく入り組んだ課題を「一気に」決着し分裂にまで行き着いた。
 もうちょっと、一つ一つ丁寧に、と思う。
 何から、何を、どのように。
 感想としては、「何を急いでいる?」
 総会としてはひとまずは流会としても、相互の告発・弾劾・問題意識の共有の場にすれば良かったのでは!? などと。どうせ公然事務所の前進社に集っての総会だろうし。安心して…。

 そう、71年全学連大会のように。
 そう、中核派としての女性解放闘争の輝かしい出発点となったあの大会だ。
 大会が流会になろうがどうだろうが、糾弾を続ける女性たち、その準備も゙また綿密だったようだ。そしてついには糾弾を受け入れ、あるいは屈した男たち。

 そのウネリは我が神奈川の党でも再現された。
 私自身は当時はたぶん、「非破壊検査技師」として、あるいは山中のダムで風雨に耐えながら、あるいは停止中の原発の中で、働いていた時期。中核派内の状況には追い付けなかったが、「リブ」やフェミニストの告発と議論にはまり込み、ボーボワールやサルトルの実存主義の論説や幾多の女性作家による小説にふけっていた時期でもある。民宿に泊まり込み、来る日も来る日も10歳近く年上の世間話への付き合いに苦しんだ日々でもある。
 それゆえか、女性たちの糾弾と「互いにい抱き合う」という呼びかけには生身の体に迫るものがあった。

【1】暴露の内容は主に以下の通り
 石田氏の「作戦memo」と称するメモが石田氏本人によるメモだとする「証拠」と論を並べて、いる。かなり長い本文は、それ自体を読み通すのも苦痛になるくらいではある。
 作戦メモの存在とその筆者が石田氏であることは、一見、”揺ぎ無い事実”に見える。矢嶋さんのコメントでも事実上”事実”と認めている。
 ただし、どういう場面で書かれた物かや解釈では対立が有りそうだ。

 暴露投稿の主な主張は、「石田一派」=「反革命」論に絞れそうだ。以下は要約・意訳。
 ㋑「全学連」や「中央SOB」を全体として石田一派とみなし、35全総や前進社から叩き出したと確認している。
 ㋺「石田一派」とはつまりは「全学連派」でもなく、矢嶋さんが首謀者でもなく、石田氏が自ら「蜂起」を組織したものだとする認識のこと。言い換えるとこの主意は”石田に゙丸め込まれ、操られた、主体性のカケラも無い、有象無象のヤカラ集団”!
 その「石田氏の蜂起」とは、政治局やSOB(革共同学生組織委員会)キャップを解任され、自己批判に専念させるという政治局決定に対して、逆に政治局全体の解任を要求することだとしている。FOBの指導部でもあったという。
 ㋩「性暴力」を許していいのか?!というのが政治局派のキモの一つでもある。
 ㊁全学連を35全総から叩き出し、その死活の場である前進社からもたたき出したことで、このメモの入手という収穫があった、と自賛している。

【2】罠に落ちた全学連!?
㋑矢嶋派に直撃。そして反撃
 石田メモの暴露は、全学連派への、特に若い人たちには打撃としてはそれなりなものになりそうだ。
 X(ツイッター)などで、矢嶋さんは、政治局打倒の呼びかけ文などの作成・作戦などへの石田氏の関与を認めた。同時に、同文書への賛同署名からは当初案の石田氏の名前を削除したことを開陳した。議論の中で「お前の責任」と石田氏の責任をも問う仲間の意見から、「自浄能力」が発揮された、とする。「石田一派」論に対して、これを否定し、「首謀者=矢嶋」論を対置してきたことからすれば、”趣き”はひとまずはだいぶ変わる。
 完成した「呼びかけ文」を受けて同調した人びとにとっては、風景が変わる。
 ただ、当初から呼びかけに賛同した人々も多い。
 現政治局の”復権”自体に対する思いもありそうだ。
 そもそも、完成した呼びかけ文自体、石田氏の復権のよびかけははっきりしたものらしい。。(非公表なのでよく分からない)

 では「なに派」が適切かというと、諸説ありそうだ。
 ここでは当面は、「矢嶋全学連」「全学連派」としておこう。

【ブログの追加】以下…。

【3】「マル学同」名義で政治局論文??
 この文章はマル学同名義のブログだ。
 当然その主体は「マル学同」のはず。けれども端々に、問わず語りでそうではないことを想起させる。
 筆者は、政治局員か、その監修のもとに書かれた物らしい。
 「革共同・石田反革命対策委員会」とでもいうべきか?
 問題は、このブログが誰によるものかがあいまいなまま、続く、ということ。
 …以上…

【4】改めて矢嶋さんの「告発文」(8.28文書)について…「共有」の呼びかけ
㋑ 今回の一連の事態も゙、元はと言えば、(被害者である)矢嶋さんが政治局員に提出した告発文(「8・28文書」)に依拠する。告発文の中での「性暴力」という記述や「石田は一度は完全に打倒しなければ」という主張に「政治局」が飛びついて、矢嶋さんとの聴聞も討議もなしに、頭越しに「党として」性暴力を認定し、石田氏の「除名もやむなし」の言辞を引き出して、政治局員・SOB、そしてFOB(女性解放組織委員会)の指導部としての役職を解任し、謹慎・自己批判への専念処分に及んだもの。
 矢嶋さんの主な論点はまずはこの「頭越し」にある。
㋺ 結果として、34全総以来、政治局の内外で主導権を握った石田氏を蹴落として、蟄居状態の他の政治局員が復権し、政治局の主導権を奪還したことになる。
 特徴はいわば「行政的・司法的」なこと。
㋩ 矢嶋さんのその後の議論の中には、35全総の場で、他の政治局員に対して、「お前も同じようなことをしているだろう。知ってるぞ!」と弾劾すると「長くやってれば、一度や二度、そんなことはある!(だから何だ)」というやり取りもあったという。
㊁ 矢嶋さんの「弾劾文」では、”そうした政治局や中核派の現状を踏まえて、まずは問題を共有して欲しい”という想いで、「告発文」を提出したのだ、としている。この点では、「関西地方委員会・蜂起者」と称する二人の女性たちの、『前進』紙上の”石田一派弾劾”の二つのアピールにも共通項がある。
㋭ それは長きにわたる革共同内部での女性差別や隠蔽の歴史が、もはや耐え難いほどまでに蓄積・まん延している現状への怒りの爆発だ。
㋬ ただ、35全総での2人の「蜂起者」の政治的立ち位置は、矢嶋全学連とは全く逆だった。2人の女性のアピールには、そうした現状に対して、”唯一”・もっとも信頼でき、寄り添ってくれていた石田氏の「石田、お前もか」という怒りと絶望感が溢れている。それがそのまま、「石田一派」への憤怒…。
㋣矢嶋さんの告発状の中には、「多忙さを理由にして」ともある。2人の家庭生活の大事さを訴える内容らしい。自己批判を曖昧にする口実でもある。
 私は実は、このしごく当たり前の提起とその共有の呼びかけに心を打たれる。
 「人生」・実生活への無関心・無感覚こそ「前衛」の最大の難点…。矢嶋さんは自身に引き寄せて語ろうとしている。
㋠高市早苗の冒頭発言は「ワークライフバランス」の廃棄宣言だった。時あたかも…
 フェミニズムへの敵視か共感か?時代の分岐点でも有りそうだ。
……… ……… ………
【5】「革マル派みたい」の声
㋑ 暴露文の持つ、薄気味悪さ
 ある人が言う。「背筋がゾッとする感覚」。
 そう、「これは革マルの空気感だ」
 かつての革マル派を知る人、その『解放』や暴露ビラを読んだ体験を持つ人は言う。
 テロで奪った諸文書、留守宅に押し入って略奪した文書や品々を”さもさも”のように大々的にばらまく『解放』。あるいはメンバーを備考し、盗撮やその他をくり返し、私生活をゆがみ切った「解説」付きでまき散らす。
 今回の「暴露」がそれほどではない、かもしれないが、通底するものを感じる。
 しかも、「味方による拡散」。それ以上か。

 特に、私生活をも書き込んだ告発文書をまきちらされ、晒された矢島さんや周辺の人たちには、無言の脅迫にもなりそうだ。「必要とあれば、略奪もばらまきもする」。”無言”であればなおのこと、空恐ろしい。 
㋺「告発文書の回収と謝罪」
 「文書は、35全総の重要な責任ある人々に送った」という。
 そこから回覧され、まき散らされた結果は回復しようもない。
 実際にはその数倍も拡散されているらしい。
 
 今さらだが、謝罪せよ。その回収と廃棄は無条件の義務だろう。

 今回は特に、まとまりのつかない記述になったと感じる。大事な問題も゙パスしてしまった。それもまた、事柄や論点の持つ多様な問題点ゆえでもある。

  【6】改めて矢島さんの弾劾声明
 私自身が、何か状況に流されていると感じる。
 で、もう一度、今度はプリントアウトしてじっくりと、読み直してみた。
 やはり、「首謀者は矢嶋」論が正しそうだ。
 今回の事実についての議論も、そして問題の切開の姿勢と議論も、「深い」。学びもある。
 改めてご一読を。A4で12ページにわたります。
 

35全総を前後する革共同政治局・全国委員による女性差別襲撃への弾劾声明 ...

2025年9月21日 · 政治局とその追従者たちの徹底的な自己批判と転換がない限り、革共同は全学連ならびに マルクス主義学生同盟を永久に失陥することを最後の警告として、声明の結びと …



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