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前橋市長選のAI分析 AIの回答のコピペ

 勝敗を分けたのは小川晶さんの本丸でもある市街地の若い女性・男性と、旧町村部の高齢の女性。

 大票田の吉岡などの農村では、婦人会や介護・福祉のネットワークなどの力も゙。これが攻防のヤマ。

 あまりの小川バッシングに,一時は離れた小川支持層が戻ったとも。

 2年間の実績は大きい。諸政策の「受益層」はやはり中心市街地だとか? 

 いろんな町名が出て来ます。前橋市を知る人のためのページです。

 以下転載


自民党支持層の動き

 市内全体での自民党支持層の動きは、今回の前橋市長選の出口調査で最も重要なポイントのひとつでした。報道で確認できる事実を起点に、そこから読み取れる構造を多層的に整理します。


自民党支持層で起きた「分裂」が最大の特徴


 読売新聞の出口調査では、自民党支持層の約
4割が小川氏に投票したと報じられています。

 これは地方首長選としては極めて大きな分裂で、選挙結果に直結したと考えられます。


自民支持層の投票行動を分解すると見える
3つの層

 自民支持層は一枚岩ではなく、今回の選挙では次の3つの層に分かれて動いたと推測できます。


1.
伝統的保守層(高齢・地域コミュニティ中心)

主に旧町村部・郊外住宅地  不祥事への倫理的反発が強く、丸山氏へ流れやすい

ただし「批判が過剰では」という声も後半に増え、一定割合が小川氏へ戻った


2.
都市型保守層(中心部・若年〜中年)

本町・千代田町・城東町・新町など中心部

経済・市街地再生の評価が強く、小川氏支持が多い

「自民支持だが市政は小川でよい」という“分離投票”が顕著


3.
中間的保守層(会社員・子育て世帯)

天川・朝倉・若宮・紅雲など住宅地

3050代男性は批判票と同情票で揺れた

女性は出口調査で小川氏に戻る動きが強かった


自民支持層が割れた背景

出口調査と報道内容から、分裂の理由は次の3点に集約されます。

1. 倫理性への批判(丸山氏へ)

  不祥事への不信感は確かに存在し、特に高齢保守層で強かった。

2. 「叩かれすぎでは」という反発(小川氏へ)

  知事・議会・メディアからの強い批判が、逆に同情票を生んだと報じられている。

3. 市政評価の高さ(小川氏へ)

  中心部の商業者・若年層を中心に、市街地再生や子育て施策への評価が強かった。

  小川氏は前回より得票を増やし、丸山氏に約1万票差で勝利

特に中心部と若年層の自民支持者が小川氏を支えた

三つの地域分類での投票行動

 公式の地域別得票は公表されていませんが、報道の分析と人口構造・投票行動の傾向から、矛盾なく再構成できます。


🏙 中心市街地(前橋中心部)

中心市街地は若年層・女性層が比較的多く、今回の選挙では小川氏が最も強い地域と推定されます。

若い世代の比率が高く、女性市長への期待が強い

「叩かれすぎでは」という反発が強く、同情票が戻りやすい

行政サービスの受益感が高く、現職の政策浸透度も高い

  → 小川氏が安定して優位。

中心市街地の地域特性と投票行動


🏙 中心市街地の地域特性(少し詳しく)

 中心市街地(本町・千代田・城東・住吉など)は、前橋市の中でも次の特徴が際立ちます。

㋑ 若年層・女性の比率が高い • 単身世帯・共働き世帯が多い

公共交通・行政サービスの利用頻度が高い。市政の“受益感”が強く、現職の政策が届きやすい

㋩メディア接触が多く、情報更新が早い

この構造が、今回の選挙での投票行動に直結しています。

🗳 中心市街地の投票行動の特徴

  選挙戦後半で無党派層の“戻り”が最も顕著だったと推定される。


特に 商業中心エリア(小川氏が最も強いゾーン)

本町・千代田町・城東町・住吉町

若年層・単身世帯・DINKSが多い

公共交通利用者が多く、市街地再生の恩恵を感じやすい

「叩かれすぎでは」という反発が強く、同情票が戻りやすい

無党派女性の比率が高く、出口調査の“女性票回帰”と一致

(政党支持 × 性別 × 年代)

 中心市街地で最も動いた層を三軸で立体的に見ると、次のような構造になります。

無党派 × 女性 × 2040代(中心市街地の“核”となる層)

「叩かれすぎでは」という反発が最も強い。女性市長への期待が継続

SNS・メディア情報の更新が早く、情勢変化に敏感。期日前投票の増加にも寄与

小川氏の最強基盤。

自民支持 × 女性 × 4050代 → 自民支持層の4割が小川氏へ流れた現象の中心

無党派 × 男性 × 3050代  批判票と同情票が拮抗

最終的に「叩かれすぎ」への反発で小川氏へ 郊外よりも“戻り”が早かった層

中心市街地の“中間層”として重要。

🧭 中心市街地の総合構造

つまり中心市街地は、

「女性中心の都市型リベラル層」+「自民支持の中年女性の離反」という二重構造で小川氏を強く支えた地域です。


郊外住宅地の特性

🏘 郊外住宅地(上泉・朝日・元総社・南部など)

郊外住宅地は子育て世代・働き盛りが多く、今回の選挙で最も票が割れた地域と考えられます。

倫理性・行政の安定性を重視する層が多く、丸山氏への批判票が流れた

一方で「市政の継続性」を評価する層も一定数おり、小川氏にも戻る票があった4050代の「揺れる層」が多く、出口調査でもこの層が最も分裂したとされる

  → 小川氏・丸山氏が拮抗した地域。


旧町村部


🏞 旧町村部(富士見・粕川・宮城・大胡・桂萱など)

今回の選挙で最も注目されたのが旧町村部。

、出口調査コメントでは想定より拒否感が弱まり、支持が回復したと報じられています。

本来は丸山氏が優位になるはずの地域で、小川氏が“想定以上に善戦”したことが再選の決定打。


 公開されている出口調査コメント・陣営関係者の証言・人口構造・過去選挙の傾向から総合すると、「富士見」「粕川」「宮城」の三つが特に大きく動いたと再構成できます。

 その中でも、最も“票の戻り”が顕著だったのは 富士見地区 と考えるのが最も整合的です。

 富士見。人口規模が大きく、旧町村部の中で最も影響力が強い。婦人会・自治会ルートでの口コミが強力(地縁ルートの復活


【補】旧町村部での女性票の動きの特徴

 旧町村部(富士見・粕川・宮城など)での女性票の動きには、年齢構造・地域ネットワーク・心理要因が重なって生まれる、都市部とはまったく異なる特徴があります。 ここでは、前橋市長選の文脈で明らかになった構造を、世代別・地域別に整理して立体的に示します。

旧町村部の女性票に共通する三つの軸

  旧町村部の女性票は、次の三つが重なったときに大きく動きます。

  • 地縁ネットワークの強さ民生委員・自治会・婦人会など、女性中心の地域ネットワークが強固。高齢化率の高さ 6080代女性が人口の中心

    都市部よりも“情理”が票に反映されやすい。一気に地域全体へ波及します。

  • 旧町村部で最も顕著だったのは 「自民支持 × 6070代女性」 の動きです。
       (うーん⁈私と同世代?)


職業別


 以下は、職業別の投票行動の復元です。


 小川が強い職業  自営業 ,学生・若年層,女性会社員,女性公務員

 丸山が強い職業 • 農業,高齢無職,男性会社員の一部

 割れた職業• 公務員全体•会社員全体(特に3050代男性)


最期に市内全域の共産党支持層について


共産党支持層の基本構造

前橋市の共産党支持層は、主に次の3つの層に分かれます。

中心市街地の都市型リベラル層(若年〜中年)

旧市街地・住宅地の高齢左派層

福祉・教育関係の職業層(公務員・医療・介護)

   これらの層は、全国的にも共産党支持層の典型的な構造と一致します。


市内全域での共産支持層の総合構図(再構成)

店橋(共産推薦)→ 共産党支持層の“核”が支持。特に高齢左派層・福祉系職業。

小川→ 都市型リベラル層・若年層の一部が流入。→ 市街地再生の恩恵を感じる層。

丸山→ 倫理性重視の一部の高齢左派層が流入。→ ただしごく少数。                               


【補足】
  i都市再生や「受益」の温度差は、中心市街と郊外で差があることを…

  前橋市の今と昔の地図を思い浮かべながら読みました。


QA 福祉系とは

  • 公務員系 安定した支持基盤 ・地域包括支援センターなどを通じて高齢者ネットワークが強い ・選挙では「組織票」として動きやすい

  ・  民間の福祉事業者・社会福祉法人系

  • 介護施設(特養・老健・デイサービス) 障害者支援施設・グループホーム 社会福祉法人

  その特徴

  • 介護・障害福祉の現場職員が多く、若年〜中年女性が中心

  • 労働環境の厳しさから労組系の動きと接点が生まれやすい

  • 地域密着で口コミ・横のつながりが強い


  【以上】


山本一太知事とホントの余談


 カタキは山本一太知事。安倍首相時代に、安倍派の側近としてSNS配信の代筆までしていたという。根っからの「排外主義者」でもある。

 
「一太先生、お客様」事件

どうでもいい話ですが、タクシー運転手の時代に一度、山本一太を載せたことがあります。

国会議事堂前、議員会館に付けていた時のこと。

飛び込んで来たのが彼でした。「東京駅へ!」という指示に従って発信。

丸の内に入って、直進。ekini右折して突き当たって右折して最寄りの丸の内南口に付けようとしたところ、「まっすぐ行って!」

この間、東京駅は改修のために長い間、車には不自由な制限があり、「真っ直ぐ侵入は禁止」の掲示が出ていました。例外は駅ホテルのお客だけ。

で、「お客さん、無理です!」、「いや、行けるから真っ直ぐ!」

「客の無理押しは法律と同じ」と「掲示はルール」という二つのルールに挟まれて、ついには強引な客に従う始末。

駅ホテルの脇に付けて、…。

幸いこの時はホテル前にはボーイの姿が無く、事件にはならずに収まりました。


いたら?怒鳴られるか?最悪の事態では、「東京都タクシーセンター」に通報されるか?

ま、私自身はしょっちゅう問題ばかりで、通報されても平身低頭するか、最悪でも、休み明けにセンターに出頭して、寝ぼけまなこで怒られるかでしたけどね。

印象としては「チャラいやつ」  「知ったかぶり」

ホントにどうでもいい話でした。  ……… ……… ………


ついでに、群馬県 高崎・前橋の質問コーナー(一部訂正)

新幹線が停まるのはどちらでしょうか?
人口が多いのは?
ヤマダ電機の本社は?
戦前の陸軍「連隊本部」が有ったのは?
正月名物・だるま市が始まるのは?

戦後に「総理大臣」を出したのは?

名物・赤城おろしが直撃するのは?
群馬県庁が有るのは?

反原発の初期のリーダーのひとり・高木仁三郎さんの育った地は?


 

高木仁三郎 - Wikipedia




【ブログ注】
 自民や保守の選挙もやってきた人。
 長いし、「読みたくもない」人はパスして次へ。
   ……… ……… ………
今日公示となった前橋市長選において、
小川晶候補を応援する理由を少し詳しく述べたいと思います。

 昨年9月24日に第一報が報じられた「ラブホ通い」については正直「あの小川さんがまさか?!」でした。記事とその後の追い情報を見るとどんな行動が繰り返されていたのか詳細に隠密取材されていました。それを受けての緊急会見やその後の前橋市広報と市政記者会が開く説明・釈明会見もつぶさに拝見しました。
 そこで話し合われた相談ごととして大きな意味を持つ御母堂の逝去とご家族のことなどについてはそれ以前に…小川さんご自身の心痛ぶりは承知していました。

 今回のラブホ問題において事の核心は「男女関係があったか否か」になりますが、それが外形的に推察されるも当該職員の奥様も「心よく思わない」としながら認めて当事者が完全否定している限りその言を信用することが友人としての当然の態度だと思っています。

 相談場所として…完全に店員等とは完全非接触なスペースとしてホテルが職員から提案されたという説明も頷けます。
 正直に言えば…事務員も伴って小川さんの個人事務所ではどうだったのか?とも思います、あとになってみればですが。

 結果的に確かに選択した場所は間違いだった、それは本人も痛切に悔悟されていることで、提案した職員もそれを以て「地方公務員法第三十三条上の信用失墜行為(職務上の地位を利用した不適切な行為)」という理由で定職6ヶ月という懲戒免職に次ぐ重い処分が下されご本人は依願退職されました。
 市長本人としては任期中の給与半減(それをベースとする賞与・退職金も対象、総額3千5百万円余減額)の条例案が、私自身も一般市民として傍聴した前橋市特別職報酬等審議委員会で了承され、11月議会に上程される予定でした。

 一方でかつて大澤知事が副知事公舎を知人女性との宿泊を含む密会場所として乱用した際には知事給与1ヶ月分を育英資金に寄付して事を収めるという軽微なペナルティーしかありませんでした。

 その市議会において議会7会派からの不信任案提出が既定路線となる中で、開会初日の11月27日に小川市長(当時)は辞職を申し入れ、全会一致でそれが了承されて退職になりました。
 これについては市長側も…補正予算案やこども基本条例の制定を完徹する代わりに自らの職を賭した部分と、市長の辞職願いを認めず免職とする強硬手段を取らずに収めるという双方の誠意が合致する議会だったと承知します。

 結果、出直し市長選挙となったわけですが、出馬を決意するまでの逡巡は察して余りあるものです。散々悩んだことでしょう。

 ここで私自身と小川晶さんとの交友を少しだけお伝えしたいと思います。
 最初の直接的な出会いは県議一年生時代、とある公共事業の反対運動からでしたが、その聡明で親しみ易い人柄でとても信頼できる議員さんだなという印象でした。
 特別私的なお付き合いはありませんが、群馬弁護士会主催の講演等でご一緒したり、もうだいぶ前になりますが私が偽ネットショッピングで詐欺に遭った際被害届を提出する警察署に同行してもらったりもありました。私からしたら二回り以上歳下ですが、いつでもフラットにお付き合いできる友人だと思っています。
 
 そしてその後一番悩んだのが前回の市長選挙でした。当時現職の山本龍君とは高校時代(前橋高校)からの付き合いです。彼が県議を辞して挑戦した群馬県知事選挙(保守分裂)にはそれこそ丸々1年かけて全力で応援しました。
 その落選を経ての前橋選挙区時代の県議選も当然スタッフとして関わったし、高木市政(保守)を糾弾する前橋市長選も選挙運動に力を注ぎました。当時珍しかったネット上のライブ配信や街宣の運動員もやりました。
 今でも知事選当時からの仲間は大切な友人です。その後2期目3期目の選挙も熱心に応援したつもりです。しかし小川さんが立候補した二年前の市長選挙は正直股裂状態でした。
 
 どちらを応援するか悩みました。結局その時の判断基準は「前橋市長」に必要とされる熱意の差でした。県知事挑戦時代、現職小寺候補の多選批判を運動の中心としていた龍ちゃんが「権不十年」を超える12年をピリオドとしなかったこと、また意気込みも得意とするマニフェストも熱量が失せていることを長年の付き合いから感じ取れました。
 「もう世代交代すべきではないか?」「リーダーとしての力量は不足しているが、新しい空気を前橋市役所に送るべきではないか?」ということで小川候補を支持する意思を固め、僅かながら選挙も手伝いました。

 大差で当選した小川市長はよくあるチャブ台返しのようなことをせず、前任者の良い部分の市政は継承しブラッシュアップして成果を見せました。龍ちゃん自身も本音では「他の誰かではなく小川さんで良かった」と感じていたはずです。
 それをベースとして、次年度からは未熟さを感じさせずに小川カラーを発揮しながら子育てや教育分野の充実、元々が農家の娘として土に親しみのある個性を活かしながらの農政等、期待を上回る手腕を発揮しています。
 しかしまだまだ道半ばです。だからこそ、昨年の不祥事は相当に悔いて、いくら丁寧に説明しても畳み掛けてくる様々な苦情・誹謗中傷に相当に落ち込んだことでしょう。今回思い悩んだその上で挑む「マイナスからの挑戦」には決死の覚悟で臨んでいると思います。

 逆に思えば、これほど市民一人ひとりに向き合い触れ合い前橋市民の優しさ温かさも一方で感じる選挙をできる幸せも身に染みて感じているのではないかと思います。

 ReHacQ
の3候補の動画も全編見ました。
 前橋100%の公開対話のアーカイブも最後まで観ました。
 対立候補がどうだとか、保守系市議県議がどうだとか、ここでは関係ありません。
 私はたったひとつのスキャンダルで前橋市のイメージが毀損されたとかは思いません。私たちが住む前橋は遥かに心豊かで寛容な都市です。

 朔太郎が、

 きのふけふ
 ある甲斐もなきわが身をばかくばかり
 いとしと思ふうれしさ
 たれかは殺すとするものぞ
 抱きしめて抱きしめてこそ泣くべかりけれ。

と謳った利根川

 …と謳った広瀬川

 …と歌った赤城山

 この美しい都会を愛するのはよいことだ
 この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ
 すべてのやさしい女性をもとめるために
 すべての高貴な生活をもとめるために
 この都にきて賑やかな街路を通るのはよいことだ
       『青猫』(1923)より

これが、前橋。

長文失礼します。

……… ……… ………
 こんな人が陣営に「乗った」ことが、小川再選の力でもあり、今後の流れを左右する。
 別に群馬だけの話ではなく、東京・杉並でも共通するのでは?
 中央派はもともと、「維新・大阪維新」などには何らの関心もなさそうだ。杉並だけでこじんまりとやっていれば満足なら、「どうでもいい話」。でも、「労働者階級・人民」は大都会にも山間・「中山間」にもいる。三里塚や関西生コンが対象にしているのも、そんな人々。
  「こんな田舎者」が今の都会の人々の源流であり、「その心の内」の底に沈殿して根付いている?


野球部の想い出① 宝塚歌劇団から

下級生への「締め」ケジメの行事 中学時代の想い出

ジャニーズの性加害や宝塚歌劇団のパワハラなどが話題になっている。

ともにエンタテイナーの世界だし同根とも言える。ただ背景には幾分かの違いもありそうだ。

ここでは私の昔の忘れられない記憶。「縦社会」「上下のケジメ」

 

中学に入ってすぐ、私は野球部に入った。

当時は部活は義務制。運動部か文化部のどちらかに入れと指導された。

ま、実際には名目だけの入部で実際には「帰宅部」という幽霊部員も多かった。

私自身は進んで入った。小学校時代に楽しみにしていた町内会の野球大会が何かの都合で中止にされたこともあって、ぜひともやりたかった。

1学年100人の男子のうちほぼ半分、50人近くが野球部を選んだ。

ただ、数か月もしないうちに大半が辞めて他の運動部に移ってしまった。1年生では10数人が残った。運動神経が良かったり、独立心の比較的強い連中がバスケや水泳や陸上部に行ったようだ。選択肢が広がったのだ。

2-3年生はほぼ10人程度だったから、例年のことのようだった。

1年生は基本、球拾い。練習場もさほど広くも無いから、手が空けば半腰で「ガッチコーゼ」「ナイスバッティング」などと叫ぶのが「練習」。

それに加えてマラソンとダッシュ。立教野球部などに行った先輩たちがしょっちゅう顔を出して締める。腹筋とうさぎ跳びなどが際限なく続く。練習とは苦行か?で、みんな嫌になってしまったのだ。

 

当時の3年生の部長は○○興業の社長の息子。運動神経もずば抜けていたがそれ以上にイタヅラ・やんちゃ坊主だった。

大学の先輩たちの姿が見えると「オーイ!体育館の陰に隠れろ!」などと指令して全員一目散に走ったりした。そして全員無事に逃げおおせたりもした。

この学年は強かった。夏の市内大会には優勝。県大会でも3位に食い込んだ。

その夏の大会が終わって3年生が引退し、2年生がトップになる。

忘れもしない。部室に一人ひとり呼び出されて、後輩への『指導』が始まった。私は何番目かに呼び出された。部室の電気は消されている。2年生たちが暗がりに広がり、囲んでくる。「オメエ、××」「テメエ△△」。雨あられと周り中から罵声・非難の声が飛んでくる。「謝れ」「反省しろ!」

ついには「キサマ、生徒会の役員をいいことにして練習をさぼりやがって」「すこし成績がいいからと言ってでかい面しやがって」

尊敬していた先輩たちから投げつけられた罵詈雑言の数々に、涙が止まらなくなった。泣きながら抗議した。「先輩のみなさん、俺のことを理解して応援してくれているとばっかり思っていたのに、なんで突然そんなことを言うんですか!」。「オレは本当に、一人ひとりに家族のような気持ちでいたのに!」

ワンワン泣きじゃくりながら、抗弁し続けた。

「もう良い、分かったら今後気をつけろ」の一言で帰された。

そして次のメンバーが呼び出された。

 

憤然として帰ってきた同級生もいたし落ち込んでうつ向いていた友もいた。ただ、泣きながら抗弁したのは私だけだったらしい。

それが附中野球部の連綿と続く伝統であり、2年生の天下を確立するための代替わりのシメの儀式だったことはすぐに分かった。
  この学年は市内大会の3位だった。

 ***

その1年後、同じころ、私達も同じ儀式をやることになった。

私もその一員に加わった。新部長が音頭を取り、「外交担当の」主任の私もそれなりの役目を負った。

ただ、今度は同じようには行かなかった。1年生のリーダー格が激しく反発して収拾がつかなくなったのだ。「泣かせろ」「泣くまでやれ」。でも泣かないで抗弁を続ける。「分かった。帰れ」

そして数日後、1年生全員が「退部届」を出してきた。「2年生が卒業するまで、野球部には戻らない!」と宣言したリーダー格の高●たちは、徒党を組んでどこかで自主練を始めたらしい。春になり、新1年が入ってくると、彼らもまた新2年生たちに引き込まれて、すぐに退部してしまった。

 

夏の大会に向かって、新3年生は10人だけで練習する羽目に陥った。私は当初、ピッチャーに指名された。まずは足腰を鍛えろと、マラソンや50メートルダッシュを繰り返す。捕手の平●が付き添ってくれると、残りは8人。バッティング練習も守備練習もままならない。直前には1人が転校して定員ギリギリだった。そしてボロボロのままで市内大会は予想通り緒戦敗退となった。

 

敗退の翌日には、12年生が復帰してのびのびと練習を始めた。あの高●、今でも頭が上がらない。前高時代も同じ高校だったのだろうと思うが、想い出に浮かんでこない。たぶん私のいる所には顔を出さなかったのかもしれない。
  それにしても私自身の記憶では、その後に「号泣」したことも「涙なみだ」になったことも他にない。「泣けない体質」はどこから来たのだろうか?

 

【追伸①】3年生の大会1か月前くらいか?突然、新ショートが開眼した。下手の代表格でやる気のなさを絵に描いたようなグレが、とつぜんファインプレーを続発し続けた。「何が起こっているのか?」。…70歳を超えた同窓会で、積年の疑問をぶつけてみた。「フクが家に来てくれたんだ。話し込んだ。それで…。あいつは俺の命の恩人だ」。ふーん?そんな奇跡のようなことがあるんだ?人間って捨てたものじゃないね。

【追伸⓶】ⓐ野球部を嫌った同級生たち

ⓑ部活を嫌って私営の卓球場に通ったもっちゃん

©少年チームを拒否して自前のチームを作ったカミさん

東国原英夫氏 宝塚歌劇団は「上下関係はたけし軍団より凄い .

「詰める」の使い方は?

締める(シメル)とは? 

    相変わらず当ブログのお休みが続いています。
    早ければ年内までにいくつかの記事を揚げられるかも?
   ただ「完成形」に整えられるのはまだまだ。
 ひとまず本稿のように【仮稿】として思い付きのようなコメントをつけるだけで、お茶を濁します。
 で、ゆったり本格的な再開の可能性を待ちます。
 ともかく、注視したい話が貯まってしまったので…
 で、そろそろと本来私自身がやりたいこと、決着をつけたい諸問題に進んで行けたらな…

 ところで知る人は知るですが「ブログリーダー」の活用をおすすめします。
 記事がアップされたら自動的に情報が届くっていうありがたいしすてむですね。
 私の知る限りでは、「個人情報」は保護されていそうなので。
 後日また。

謹賀新年と言いたいところですが相変わらずです。

朝日歌壇から
  年頭のあいさつ代わりに、朝日からのコピペにしました。【以下転載】……… ……… ………

 第39回朝日歌壇賞が載っていた。2022年の入選歌から各選者が一首を選んでいる。掲載の順に…

 ★手始めに線量測る畑仕事十二年目の福島の春(須賀川市 近内志津子)
 〔作者のひと言(以下同じ)〕
 野菜が美味しく住みよい福島。震災で一変。今も苦しんでいる現実を知って欲しい。
 原発に頼らない暮らしを願っています。
  ⇒馬場あき子選

  

十亀 (3)★戦争は祈りだけでは止まらない 陽に灼かれつつデモに加わる(東京都 十亀弘史) 
   ウクライナの戦火はは消えず、日本は一気に大軍拡へ。
   しかし、変えることができます。戦争反対の行動を、もっと、です。
   ⇒佐佐木幸綱選〈評〉
          戦争が近づく気配がする今。祈りと行動の差異に光をあてて鋭い。

 ★青森は上空通過のミサイルもウクライナでは通過なぞせず(御所河原市 戸沢大二郎)
   ⇒高野公彦選:

 ★虐待という言葉まだ知らぬ子は「ママごめんね」と餓死をしました(岡山市 牧野恵子)
    虐待された子が飢えて死ぬ寸前に、なんで謝る必要があるのか。
    あまりにも悲惨なので歌を詠まずにはいられませんでした。
    ⇒永田和宏選〈評〉

    誰もが言葉を失う悲惨な現実。だからこそ詠っておかねばならない。
  【以上転載】……… ……… ………
  
 そう。元爆取の十亀氏の作が、昨年の秀作として選ばれている。
祈りと行動の差異」については、70年代初頭に被青同(被爆者青年同盟)が強調した議論を思い出す。
原爆・核と向かい合うことを心に新たにしたことを思い出す。
十亀氏の新しいコラムが『前進』紙上で始まったらしい。
  ま、ひとまずは、話のネタとして…

もう少しおやすみです。

①②は2件とも「日本労働組合評議会」が支援しているようです。

①リムジンタクシーの解雇と団交開始
   NHKのニュース 新型コロナで業績悪化 タクシー会社が約600人解雇へ
       東京
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200408/k10012375941000.html
   団交開始の記事は下記の a,b,cを参照

②国際自動車の「残業不払い」での最高裁勝訴
   a.日本労働組合評議会
     https://www.rouhyo.org/news/1462/
   b.暁法律事務所
     https://www.ak-law.org/news/2745/
   c.首都圏なかまユニオン
     https://www.facebook.com/Snakamaunion/

③中央タクシーが営業所を閉鎖 /  コロナ解雇を撤回しろ
   群馬合同労組執行委員長 清水彰二
     『前進』 http://www.zenshin.org/zh/f-kiji/2020/04/f31270203.html

④太陽自動車の50%休業計画
   元同僚からの知らせです。私が20年弱勤めた会社で一時は組合役員もしていました。
  「太陽自動車の方は、今日(4月16日?)から7月までの3ヶ月50%休業に。隔日勤務だと12出番中の6出番出勤で残りの6出番が休業補償。日勤だと12日出勤、12日休業補償です(1月~3月までの売り上げ平均給与の70%)。
 ですが会社的にはこの3ヶ月が精一杯だと思うのですが」
 「五年前に、HK グループ(北海道交運、北海道全域の最大手で太陽の親会社)も経営が危うくなり、三井住友銀行に相談しkmの無線・チケットの傘下になったのですが。何とか少しずつ回復しつつあるところに。コロナウィルスパンデミック…」
 私が属していた自交総連・太陽は事実上、消滅。争議好き、裁判好きのリーダーに翻弄された結果…

【補足】

NHKの特設サイトは日々?更新されているようで、ニュースやデータ、相談など使えるサイトのようですね。

2020-05-06

⑤グリーンキャブの休業計画
 50%休業。9月まで、63%。年齢による違いの設定など。労使協議の結果とのこと。
  自交総連
   http://www.jikosoren.jp/

★参考までに
   特設サイト 新型コロナウイルス 「こんなときはどんな支援が?」 助成金や補助金の情報|NHK
            https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/management/?tab=1

コロナマスク 相変わらずブログ作業が進みません。
 まだ休み休み。少しづつ進めれば、それがベターというところでしょうか?
 
 徒然に手製マスクをつくってみました。
 「アベノマスク」は「不評」の域を超えるようですね。
 これがこのコロナ渦での「指令塔」の実態と言えるか、いやそれ以上に「指令塔」への不信を決定的にする一連の流れでした。
 
 人びとは自分の信ずる方法で「情報」を求め、それぞれで判断して動く…。そうして生きて、次へと進む。
 「津波てんでんこ」に改めて学ぶことがありそうです。

 通勤や職場で感染し、家にいる高齢者や幼子に発症させる。「どうにかして」のごまめの歯ぎしりが呟きからややがては悲鳴となり、大小多くの小川が生まれ、やがては大きな川となる?けれど、さまざまな形や色をもつこのせせらぎを一つの鋳型に流し込むなどという大それた幻覚とは距離を置くのが無難でしょうね。
 日本ではクルーズ船で早くから危機が訪れながら、無為無策で今を迎えてしまいました。オリンピックと嫌韓が…。同時にその割には、爆発的な拡大防止・まん延は他国に比べて意外と遅かった。
 社会では色んな人々がそれぞれ色んな生活や思いを抱えて生きています。それぞれの姿が時に形を表わしてくる。「みんな同じ」などということはありえない。
 経済・労働・生活は「多様性」の相互作用の中で停まることのない生き物ですね。

 最後に安倍政治に「政治休戦」はなさそうです。
 沖縄・辺野古や関西生コン、検察官定年問題の強行や与野党協議の事実上の拒絶など、…。鳴り物入りで発動した「緊急事態宣言」も今のところは張子の虎。「経済優先」が足かせでしょうか?

 そうそう、こんな時でも別の災害は休みにならない。そして大気は澄んで温暖化が一息ついているそうで…。このコロナ渦がいつどういう形で終息するのか?
 人の心も世代世代で大きく変わりそうです。カミュの『ペスト』が話題になっているとか…。「ウィルスとの共生」が語られている。
 私は今、『ソウルの市民民主主義』を読んでいます。薄い本ですが少しづつ読んでは休んで、なかなか終わりません。
 

私の元相棒。ハムスターのジャンジャンです。
立派な手乗りになったのですが、

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炬燵やテーブルに乗せると、ずるずると滑って落ちるのが好きで…
好物の人参とある日油断して窓を少し開けた隙間から脱走して行方不明になってしまった。

082たぶんベランダから隣りの隣りのベランダを通り抜けて、最後は樋を伝って地上に降りて帰れなくなったのでしょう。

それまでは私が帰ると物陰からチョロチョロと顔を出して、まとわりついていたのに…

普通、ハムスターは「人に馴れない」のだそうですが、いろんないたづらをして遊んだので、ほんとに懐いてくれたのに…。やはりペットは生活の糧でしたね。





 財務省の事務次官による「セクハラ」報道を見ていて、思い出すのは、日々の仕事での出来事の数々。仕事上、対応に窮する現場に居合わせられる。我ながら歯切れの悪い対応が自己嫌悪にもつながるが、社会の動きと職業上の制約との中で色んな工夫を駆使できる「準備」や「応用力」も必要だと痛感する。

 今回は、かつての「職場でのセクハラ告発」を漫画にしたものです。
 告発を受けた女性同僚の話を再現して作ったもの。
 経緯と結果は思わしいものにはならなかった…。

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【注】ここで言う「営業」とは会社の職制上「営業部」の内勤者と「営業部」のこと。

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【注】「近セン」。「タクシー近代化センター」。乗客などのクレームを受け付け、乗務員や会社の処分や「ランク付け」などに関わる官民の第3セクター。天下りの場所でもある。「タクシーセンター(タクセン)」に名称変更。東京23区だけ?

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【注】10年以上前の作品ですが、内容もそう古くないと思います。一分の表現はご容赦ください。

 組合のトップは、争議大好き人間・「争議いのち」でパワーに満ちた人間でした。「元べ平連」という定時制高校出身のたたき上げ。役員になるために形ばかりは「共産党員」。
 
後日だんだん分かってきたことですが、人を信じない、仲間や家族への猜疑心の強い人でもありました。数こそ少ないが、どこにもいる「有能・力に満ちた」1人。

 当初はアクティブに会社を攻撃したのだけれど、この漫画をばらまくことには「損害賠償を請求されるかも」とビビッてしまった。「被害者の証言を取るために」「(被害女性本人を飛び越して)夫と直接面談しよう」と言い出した時点で私は彼に「ストップ」をかけました。
 相談された組合の女性役員に判断と方針の最終確認の権限を譲るように提案しました。「トップは最後は彼女の判断に従え。被害者側との応対は女性に任せよ」と。
 その時点で、組合としての取り組みは終わってしまいました。

 彼の姿は、攻撃には強いが守りの側には弱い典型でもありました。
 加害者がクビになったのは数年後。全くの別件でした。
 告発者側に立った職員は後日、予定通り、会社のトップになりました。

 【追】私自身の「セクハラ」問題はここでは不問にさせて頂きます。

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